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【ウラディミール・ホロヴィッツ, 1903-1989🇺🇦ウクライナの芸術家シリーズ18】

ピアノ界の伝説の巨匠ウラディミール・ホロヴィッツ(Vladimir Horowitz, 1903-1989)はロシア帝国キエフ(現ウクライナ, キーフ)生まれ。

ユダヤ系の家庭の生まれで,父親は腕利の電気技師。ドイツのメーカーに電気モーターを卸していた。叔父のアレクサンダーは、スクリャービンの弟子で親友だった。ホロヴィッツが10歳のときにスクリャービンのもとで演奏したら、スクリャービンはホロヴィッツに非常に才能があると両親に言ったらしい。

ホロヴィッツはアマチュアのピアニストであった母親にピアノを習い始めるが,1912年にキーフ音楽院に入学。プチャルスキー(Vladimir Puchalsky), タルノフスキー(Sergei Tarnowsky),  ブルーメンフェルト(Felix Blumenfeld) に師事する。プチャルスキーの弟子ブライロフスキーや,ブルーメンフェルト,そしてブルーメンフェルトの弟子のマリヤ・グリンベルクについても記事を書いてるので,よかったら見てほしい。こうして紹介している音楽家はほんの一部な訳で,20世紀初頭のキーフは巨匠レベルの音楽家の大量生産地だった感じだ。

ホロヴィッツは18歳の時にハリコフでソロリサイタルを開いたあと間も無く,ロシアでのツアーを開始。当時は,作曲家になりたかったが,ロシア革命で財産を国に没収された家族を養うためにピアノを弾いていたと本人は語っている。

今でも彼を崇拝するピアニストは,アルゲリッチ,ポリーニ,ペライアなど多く,グルダは「ピアノ界で神を超えた存在」と讃えていた。

名演は星の数ほどあるわけだが,とりあえず紹介する動画はショパンのスケルツォ1番の演奏。このホロヴィッツによる演奏は1985年の録音なので82歳の時。ダイナミックなフォルテシモもさる事ながら,ノンレガートで弾くピアニシモの軽やかな音色は人間を超えた技だ。

ホロヴィッツが晩年(1983,1986)に来日した時,貧乏学生だった僕は,友人に頼み込んでお金を借りてコンサートに通った。ホロヴィッツが弾いているというより,ただキラキラと光る音色が魔法のように空中に浮かんで漂っているといった感じの幻想的な演奏だった。

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