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プロフのきほん その1

中央アジアの代表的な料理のひとつがプロフという炊き込みご飯である。今週からの週刊プロフは『プロフのきほん』と題して4回にわたってプロフの基本的な情報について私見を交えて紹介していきたい。

プロフは大量の油で炒めた羊肉やニンジンなどの具材を、その炒め油と水で米を炊き込んだ料理である。黄色く染まった米はスパイスによるものではなく大量に使ったニンジンの色である。中央アジアの料理の味付けの基本は塩とクミンのみというシンプルなものが多いのであるがプロフも同様である。しかも羊肉の炒め油を使うので旨味が米に染み込みとても美味しい。このようにスパイスや調味料を多用せずに素材の持ち味を引き出した料理は中央アジアの料理の特徴である。

現在のウズベキスタンのサマルカンドやブハラといった砂漠の中のオアシス都市を結ぶ「オアシスの道」といったシルクロードの東西交流により中央アジアはさまざまな文化の影響を受けて豊かな文化を育んできたのだが、もともと中央アジアはペルシア文化の世界であった。プロフは油を使った炊き込みご飯であるが、これに類似する料理はペルシア文化を共有する西アジアを中心に広がった米の調理法である。イランではポロと呼ばれ現在ではさまざまな種類のポロが見られる。時代の変遷とともに広い地域に伝わり、例えばトルコではピラウ、さらに西欧に渡りピラフという名称となり、これは日本でもお馴染みの洋食である。また、インドやパキスタンなど南アジアではプラオ、中国西部の新疆ウイグルではポロというような料理を見ることができる。名称は異なるがアラブにはカブサというプロフにとてもよく似た炊き込みご飯がある。

稲作の起源は中国南部の長江下流域とされているが、稲の栽培化の発達に応じて様々な米の調理法が生まれていった。米を水だけで茹でたり炊いたり蒸したりといった調理法は豊かな水資源に恵まれた湿潤な気候である東アジアで広まったものである。一方で米は中央アジアを含む西アジアにも伝わり、さらにヨーロッパへと伝わっていったのであるが、西アジアでの米の調理法は油を用いたピラフ型の炊き込みご飯が一般的である。さらにヨーロッパではリゾットのようなミルク粥の形を取ることもある。 

東アジアの湯取り法のような米の茹で汁を捨ててしまうような調理法は、乾燥して水資源の乏しい西アジアではあまり定着しなかった。貴重な水を捨ててしまうようなことはしないのである。プロフなど米に油を使って炊き込んだピラフ型の料理がどこで発祥したかという特定をすることは難しいのであるが、水を多用する東アジアとは異なり油と最小限の水を用いて米を調理するという方法が西アジアの特徴ではないだろうか。

そもそも中央アジアは米より小麦の文化圏である。タンディルという竈で焼いたナン(ノン)という平焼きパンは食事の際に必ず添えられる。一方で米は東アジアから伝えられた、言わば外来の食材であり貴重なものであっただろう。よって中央アジアにおいて米の料理であるプロフはご馳走である。結婚式やラマザン明けのお祝い、遠来の客をもてなす宴会には欠かすことができない。宴会ではプロフは最高のもてなし料理となる。このようなハレの場においてプロフを作るのは主に男性の役割である。客人をもてなすことを尊び、また家父長制の中央アジアでは一家の主人が直々にプロフを作ることで最大のもてなしの心を表すという意味となるのである。

中央アジアは一律で同じような食文化を持つと思われがちであるが、南北で気候や植生も異なることから人々の生業も食文化も異なっている。もともとプロフは南部のオアシス地帯における農耕定住民の間で広まった料理である。中央アジア北部はステップ(草原)が広がり、ここでは遊牧民の世界であり定住民とは全く異なる肉と乳製品の食文化が発達した。ただし、20世紀に入りソ連時代に北部の遊牧民は定住化が進められて、プロフのような定住民の料理も受け入れられるようになった。現在では中央アジア全域ではプロフは宴会に限らず一般的な料理であり家庭やレストランで簡単に食べることができる。

ところで、プロフはオシュ(アシュ)とも呼ばれている。「オシュ」には「食べ物」という意味もある。よって中央アジアでは食べ物=プロフを指すのである。このような象徴的な意味を持つプロフは2016年にウズベキスタンとタジキスタンにおいてUNESCOの無形文化遺産にそれぞれ登録された。プロフはまさに中央アジアのソウルフードであると言えるだろう。

先崎将弘 / 中央アジア食文化研究家・おいしい中央アジア協会

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