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自分の人生を自分で決断したと思えない人が多くなったのではないか

引きこもりの問題って引きこもってる当の本人以上に大変なのって、親御さんやご兄弟だったりします。
何しろいくら本人は引きこもってたところで、親御さんや兄弟は仕事してたりするわけじゃないですか。
引きこもりと言っても引きこもり方には色んなタイプがあると思いますが、ステレオタイプな「自分の部屋から出ない」なんてタイプは、同居してる人間からすれば恐怖そのものだと思います。

だいぶ古い事件ですが、元農林水産事務次官による引きこもり長男殺害事件があります。

この時、世論は親を擁護する声と親が悪いと言う声で二分しましたが、その後に「これで懲役6年で済むんやったらウチの兄貴も引き籠って10年以上経ち、暴れる頻度も増えてきたので・・・」というツイートに対し、2万いいねが付いていたと言うところを見るに、相当家族にも負担が大きいのが垣間見れます。

元農林水産事務次官は倅殺害時に「反射的に身体が動いてしまった」とのことですが、直前に川崎で起きた無差別殺人が引きこもりによって起こされた事件であると報じられたこと、何より「うるせーな、子供ぶっ殺すぞ」と倅から発せられたのはインパクト大きすぎたかなと思います。
娘さんも引き籠りの兄を抱えたことで縁談が破断し、自殺。自身も妻も倅から暴力を受けてたというのを加味すれば『反射的に身体が動くほど我慢の限界だった』と見ることはできるでしょう。

🏠いくつになっても「親のせい」なの?

言うまでも無く殺人はあってはなりませんが、じゃあこの件は警察に言えば事件は防止できたのかというと、そうではありません。なんでって『警察は事件が起きてからでないと動いてくれないから』です。
「うるせーな、子供ぶっ殺すぞ」と発言されたところで、実際に倅が子供を殺さないと警察って動いてくれないんですね。元官僚ならそのことは良く分かっていたでしょう。

この事件の世論に対して気になるのが「どう言い訳したって子育ての失敗」という、言わば「親の育て方が悪い!」というものでした。
じゃあ「良い子育て」ってなんでしょうね。
前回も引き合いに出しましたが、橋下徹の方がよっぽど親に恵まれておりません。幼少期の頃に激しい虐め(ほぼ差別)に遭い、暴力団だった父は自殺しております。

何より、娘さんは社会に出て生活していたわけです。また、霞が関の労働はブラックなのはよく知られるところなので、安定した収入と引き換えにプライベートは犠牲になる、そういう仕事に就いてたわけで、あまり育児に参加する余裕は無かったんじゃないかとは思いますね。
何よりですね、20歳過ぎた大人になってまだ「親の責任」を続けなアカンのかって話です。20歳って成人ですよね?
自分の人生を自分で決める年齢ではないのですか?

🏢「今日も社会に出ない決断をした」だけ

FF8のアーヴァイン・キニアスのセリフにはとても良いものがあります。

人生には無限の可能性があるってさ~。
僕はそんなの信じてないんだ。
いつだって選べる道は少なかった。
時には道は1本しかなかった。
その、少なかった可能性の中から自分で選んだ結果が僕をここまで連れてきた。
だからこそ僕はその選んだ道を……選ばなくちゃならなかった道を大切にしたい。

ファイナルファンタジーⅧ

これねぇ、とても良いセリフだと思うんですよね。
アーヴァインの中では常に「自分がこの道を行くことを選んだ」という気持ちがあるわけです。ある意味、これこそが大人になる、自分の人生に責任を持つということです。

最近、吉野家で「外国人(疑わしき含)は正社員にはしないから」というのが話題になりましたよね。京都では西陣織を支えてきたんは在日韓国人だったというのがありますが、これも一種の就職差別の末に「選べるなかで最善の選択として」の西陣織産業の従事だったのでしょう。
今はIT産業のお蔭でITに移った在日韓国人も多いと思いますが(それ故に西陣織が崩壊の危機になってたりもするし、今は障がい者が西陣織を支える層に変化してたりもします)、孫正義など社長になる以外に選択肢は無かったと思います。
元農林水産事務次官による倅殺害事件は「上級国民だったからこそ懲役6年で済んだんや」という意見もありましたが、上級国民の倅ともなれば、日本にいる限り選択肢は多くあったでしょう。そこいらの一般サラリーマンの子倅よりも多くの選択を出来たはずです。
たくさん選べたであろう選択肢の中から決断したのは「引きこもる」ということだったわけです。

傷病の場合、医師から休職や療養を薦められ、そうせざるを得ない状況になることもあるでしょう。そういう時って自分では決断できない状況なので。
でも、そうじゃない人の場合、引きこもるにあたって「引きこもるという決断をしたのは誰なんだ」ということです。
自分自身以外に誰がいますか?

🌐20歳超えたら基本は自己責任やぞ?

小泉政権時代の自衛隊イラク派遣の影響もあって「自己責任」の使われ方が変な方向になった気もしますが、第一前提として、20歳を過ぎれば自分の人生に対して責任を持つべきは自分自身です。

今は法律的に成人の年齢が18歳からになりましたが、基本的に18歳で高校を卒業するわけですから、そこから先の選択って自分の意思で決められるはずなんですよ。名家なら行くべき大学まで決められてるかもしれないけれど。
日本で引きこもりが多くなった理由の一つって、自分の人生を自分で決断したと考えることができなくなった人が、多くなったんじゃないかと思うわけです。

人生に無限の可能性なんてものはありません。父親が暴力団員だった橋下徹は警察官にはなれなかったでしょうし、就職差別が当たり前だった時代に生きた孫正義はサラリーマンになることが出来なかったわけです。
自分はこれまでの職歴を振り返っても、そうすることの決断は間違いなく自分がしたと思ってます。
佐川で働くのにしてもそうだし、東京出てコールセンターで働くのにしても中堅SIerやSESで働くのにしても、そして今、関西で働くということにしても「すべて自分が決断した」という一点は確かなことです。

自らの人生は自らが決断する。これが出来ない「大きな子供」が多くなったのが、今の日本の起きてることなんじゃないかと言うところです。
昨今では「引きこもりは甘えじゃない」とか「社会的支援が必要」という話はよく聞かれます。
社会的支援が必要なのはその通りなんでしょう。推定200万人と言われる日本の引きこもり人数は1年の出生数より多いんでね・・・。
ただ「引きこもりが甘えじゃない」と言うのは、傷病のケースを除いては違うのではないかと思います。

そもそも、引きこもるには甘えることができる親の存在なくして成立はできません。例え学校生活で苛めを受けようが会社の人間関係で躓こうが、親が貧しければ必然的に社会に出るしか無いし、自分で人生を切り開く以外に他は無いからです。
人生を少しでも良くするには、多くの知識と経験値を積むしかありません。
5080のハチローは「幸せそうな人間が嫌い」的な発言してましたけど、幸福に至るためにはそれだけの「決断」をして生きてるんですよね。決断を避けた人間と決断を繰り返した人間には、それだけ経験値の差があります。
繰り返すと20歳を超えたら人間は自己責任が基本です。
大きな子供を養うのは親御さんや兄弟にとっても負担が大きいもの。自分の人生は自分で切り開く。
これがわからない大きな子供が多くなったというのが、引きこもり推定200万人のいまの日本の姿なんじゃないかなと思うわけですよ。

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