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「本一冊書くのに必要な情報量」
本を一冊書くのには、当然のことながら「絶対にこれだけは必要!」という情報量があります。
いつごろから、その必要量がわかるようになったんだったかなあ、と先ほど、考えていました。
私が最初に書籍を書いたのは、たぶん1996年ごろだと思います。今から21年前ですね。
まだワープロを使っていたはずです。印字してファクスで送っていた・・・のかな??
今になってみると、書籍初心者には非常にありがたいシ
取材内容の情報処理が楽にできるようになった!
今日も地味ーーーに不動産相続の本を書きました。
書籍を書くたびに思うのですが、昨年、上阪先生のブックライター塾に行って、本当によかった、と。
取材内容の情報処理が、すごくやりやすくなりました。
材料をきちんとそろえておけば、書籍一冊を書き上げるのにそれほど苦しむことがない、ということがわかったんです。
取材がしっかりできていることが前提ですけれども。
・・・今日はヴァイオリンの練習
不動産本が続きます。
現在、不動産相続の本の締め切りが10日後に迫っています。
今日から2日で1章ずつ終える予定。3章残っているので、6日で書き上がる計算です。
「書くのが速い」と言われることが多かったので、「そうかあー、私、速いんだー」と思ってきました、比較対象もないままに。
が、ブックライター塾に行き、ほかの方たちのお話をうかがうようになって、それに疑問が・・・(~_~;)
みなさん、私なんか比較にならな
ライター23年目で思いがけないヒットが出た!
ひところ真面目に書いていたnoteを放置プレイして何か月になるでしょうか。
上阪徹先生のブックライター塾を受講したのが昨年の4月~5月。
もうすぐ1年がたとうとしています。
当時「ライター歴23年です」と言っていた私ですが、この1月で24年になりました。
光陰矢の如し。
さて、昨年は私にとってライターとして一番大きな転機だったのでは?と
思えるような一年になりました。
ヒットが2本出たのです
「どうしてもこの人を世に出したい!」が止められないとき
版元さんに企画を持ち込むことがあります。
ただ、それが好ましいことなのか、あまり好まれないことなのかは、相手の編集者さんによるようですね。
私がお仕事させていただいた版元さんの多くは、「何か企画があったら持ってきてくださいね」と言ってくださっていたので、何の考えもなく持ち込んでいたのですが、中には「自分で企画を見つけたい」編集者さんもいらっしゃるそうです。
それはさておき、矢も楯もたまらず
ライターシリーズ⑧・2冊出版、2冊執筆開始、そして「ハイリスク案件」
5月末日に、昨年書いた本2冊が同時発売になりました。
FP技能士試験の基本テキストです。
私が執筆担当したのは、所得税、不動産運用設計、相続・事業承継設計の3科目。
特に2冊目(2級のほう)執筆中は、3級と内容的にかぶる部分があり、
それでもまったく同じというわけにはいかず、
別の書き方をしなければならないので、頭をひねりました。
こういうテキスト類は、絶対に書かなければならない部分(落とせな
ライターシリーズ⑦・ブックライティングは「安心して心を傾けられる恋」のようなもの
新たな本づくりに入っています。
取材がすみ、テープ起こしを終えたところ。
テープ起こしをライターがするかしないかは、クライアントさん(出版社さん)によって異なります。
出版社さん側で専門の業者さんに頼んでくださることもあれば、ライターにお任せになることもあります。
時間がかかるので、私のほうからテープ起こし専門の人に頼むという手もないではありません。
しかし、コストがかかるのと、どっちみ
ライターシリーズ⑥・いきなりマネープランニングに目覚める
ライターになって3年目に入ったとき、捨て身の売り込みを決行。
奏功して主婦向けの雑誌などに、寄稿させていただけるようになりました。
とはいえ、まだまだ手探り状態です。
実績もなく、出版社にコネもなく、そのころすでに「いい歳」だった私が、ライターの仕事に活路を見出すにはどうしたらいいか、考え続けていました。
私の「新しいものに挑戦したい」「絶えず変わり続けていたい」「思いのほかセールスが好き
ライターシリーズ⑤・違った文体に挑戦!
大手出版社のエリート編集者さんに「素人はこれだから困るよ」的な扱いを受けながらも(単なる私の被害妄想かもしれません(-_-;))、2ページの原稿をまとめあげました。
大きな修正も入らず、初仕事にしてはまずまずの出来だったと思います。
健康雑誌では読者の方の体験手記や著名人の方のお話を「私は~~」という一人称で書いていましたが、この記事は三人称を用いました。
また文章も、中学生でも理解できるよ
ライターシリーズ④・初めての署名入り原稿に小躍りする
初めての売り込みで、大手出版社・K社の人気女性誌編集部に行き、その場でダイエット企画・オールカラー2ページをいただいた私。
大喜びしましたが、すぐに「これは大変だ!」と気づきました。
素人だった私をライターとして迎え入れてくれ、教育してくれた健康雑誌とは、まったく仕事のやり方が違っていたからです。
健康雑誌では、編集者さんが企画を立ててコンテンツを固め、取材対象者を決めて下取材まで全部やってく
ライターシリーズ③・ライター3年目で営業活動開始!
ライターの仕事を始めて3年くらいたったころ、私はどうしても「華やかな仕事」がしてみたくなりました。
そもそもライターを志したきっかけが「女性誌が大好きだから」
ファッションや美容、インテリアなど、女性が好むものは全部好きな私なので、そんな雑誌作りに携われたらどんなに楽しいだろうかと思いました。
のちに、それらの分野は撮影立ち合いで長時間拘束されるという実態がわかってくるのですが、このときはた
ライターシリーズ②・初めての芸能人取材でドキドキ
1993年1月、友人の紹介で健康系の月刊誌のライターになった私は、右も左もわからぬまま、いただいた仕事を毎月こなしていきました。
3か月目くらいだったでしょうか。
初めての芸能人取材の仕事をいただきました。
松崎しげるさんという歌手の方で、昭和40年代に(昔だーーー!)『黄色い麦わら帽子の女の子』という歌を、同50年代に『トミーとマツ』というドラマを大ヒットさせた方です。
私はどちらも知っ
ライターシリーズ①・私はこうしてライターになった
ライター歴23年になります。
これを言うと驚かれるのですが、私は出版社や編集プロダクションなど、マスコミ勤務経験がなく、子持ち主婦状態でいきなりライターになりました。
非常に珍しいパターンらしいです。
今のようにライターの数が多くなく、よほど本好き・雑誌好きの人でない限り、一般の人に「ライターです」と名乗っても通じない時代でした。
業界未経験でもなんとか続けてくることができたのは、そうした