価値のない時間の中で


お久しぶり、文章を書くことが苦手です。文章に気持ちを込めて伝えることはもっと苦手です。でもここ最近の言葉のできなかった気持ちを文章に残しておく。


いろんなことがありました。

誰にも理解されない、できない、ことをしている。

価値のないであろう時間を過ごしている。

ワタシの望む幸せには程遠いことをしている。

でも、そこには、ワタシを抱きしめてくれる人がいて

なんとなく、心地がよかったりする。

その時間の中で、他人の体温を感んじて必要とされるワタシがいて

そこにワタシの存在を感じてる。


好きな人に無理やりにでも言われたかった、好き、というフレーズを、いとも簡単に、聞くことができる。


好きな人は、好きな人にしか好きと言えない人だった。

好きじゃない人は、好きじゃなくても好きといえる人だった。


世間一般的には、前者のような、素直で心と言葉に温度のある人との時間や関係が大切だとされている気がする。後者は、瞬間的で持続する幸せはないような関係であり価値のないモノだとされている気がする。


でも、人との関係に価値が、ある、ない、を決めてしまうのはどうなんだろう。これもまた、美化なのかな。先に幸せが待ってなきゃ、関わりを持ってはいけないのかな。


人は幸せになるために生まれてきた、なんて言葉があるし、きっといや絶対、今のワタシのしていることは間違っているんだ。


それでも、この時間を繰り返して、そこに癒しや愛を求めるのはなんでだろう。自分でもわからなくなって、だからこうやって、文字にするんだろうな。日記や他の誰にも見えないところに書かないのは、知らない誰かに誓いみたいなモノがあるのかな。


また少し時間がたてば状況は変わっているんだろうな。その時までみなさんお元気で。



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