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ふてぶてしくて傲慢、毎日が不安で仕方なかった20代の私へ。

こんにちは。 今日も東京はぱっとしない空模様です。

突然ですが、今私は仕事のことで少しだけ悩んでいます。 最後の転職をしようか、それともフリーに戻ろうか。 今の会社は、業務領域を広げられたという点では大変感謝していますし、良い人も多い。でも、まだまだ長い残りの社会人生活は、もう一度仕事に情熱を注ぎたいと考えるようになり、最後のリスタートを切ろうと思っています。

私が一番仕事に情熱を注いでいたのは、30代の頃だと思います。新卒で入社した企業は大手のメーカーでしたが、全然興味のなかった事務職はやっぱり遣り甲斐を感じられなくて、次々と社内や取引先担当者と結婚していく腰かけ同期達を横目に、毎日がくだらないと思っていましたw。 だから、”自分が何者なのか”を探すため、ベンチャーで企画営業やってみたり、CS放送局の番組事業社でCH広報やったりと、自分探しw?をしながら様々な仕事に挑戦していました。

♡謙虚さもなく、自己研鑽もしない私はその時

大手メーカーという大きな狭い世界を出た私は、ベンチャー企業という小さな広い世界がとても新鮮で、”自分が何者なのか”の原石を見つけられる気がしていました。親子ほども年の離れた大企業出身の役員たちにちやほやされ、言われるがまま企画書を作りプレゼンし、企画が決まる度に自分の成長に手ごたえを感じていました(愚かですよねw)。でも、徐々に周りの女性たちが”ここでは自己成長が出来ない”という理由で辞めていくんですよね。(後に彼女たちは大手の企業でそれぞれ大活躍するのですが) 気づけば、200人近くいた社員は50人位になっていて、潰れかけのベンチャーに必死でしがみついている社員しかいなくなっていたんです。 この頃ですね、自分でも気が付かないうちに私はプチ鬱になっていたんですよね。友人や知人と会うのが怖い。会っても上手く話せない。笑えない・・・。 いや、今考えても恐ろしいw。この話はまた改めてしますね!

♡マスコミ業界というエンタメ沼にはまった私はその時

プチ鬱状態から抜け出すべく、次の仕事として選んだのは、映像制作会社でのCH広報という仕事。映像制作会社と言っても、中で働く人やその人たちの生活スタイルはTV局とあまり変わらない。代理店からのパーティー(独身者限定w)のお誘い、取引先との接待、いつでも誰かが誘ってくる社内飲み・・・。朝まで飲むか、クラブに行くかで自分をしっかり持っていないと、その沼から這い上がるのは容易じゃないんですよね。ここでの私は仕事をしている気になって、またちゃんとした学びを得ようとしませんでした。同じように遊んでいる周りは、仕事ができる人たちばかりでしたので、やることをちゃんとやって遊んでいる人達との差がどんどん生まれました。(ここまでの私、なかなかのクズですねw) その頃から、また周りが独立したり、転職をしたりと新たなキャリアを築き始めて、クズな私もやっとこう思えたんですよね、”プライドを捨てて(ゴミみたいなプライドですけどw)、一から学びなおせる環境でがむしゃらに働こう!”と。

♡がむしゃらに働き、最高に楽しい気の合う仲間と過ごす私はその時

クズから一念発起して、私は大手PR会社に拾っていただき、そこで気の合う仲間とがむしゃらに働くことになります(やればできるじゃんw)。クライアントの広報代行、PR、WEBマーケ、サイト構築、映画宣伝と本当に色々な事に挑戦させて頂きました。その環境で一緒に働いてくれた仲間や、切れることなくお声がけ頂いたクライアントには今でも本当に感謝ですね。基本的にその会社自体は、”イヤな奴だなこいつ”って思う社員ばかりでしたがw、部署をまたいで自然とできた仲間は今でも宝物です。私はこの会社で、いわゆる主要のライフイベントを全て終わらせられたので、会社にもとっても感謝ですね。 クライアントには妊娠していることを8か月迄OPENにしていなかったので、切迫早産で入退院を繰り返すことになるのですが、クズだった私がここまで頑張れたのは第一に最高に気の合う仲間がいたから、第二に代理店という仕事があっていたからだと思います。実際に働いている時は、夜中の12時を回ることなんてザラにありましたから”こんな会社辞めてやる”っと毎日思っていましたがw。

♡子供との時間を作るためフリーという選択をした私はその時

結婚もして、子供も出来て、さぁ仕事復帰だ!という時に、社内クーデターが起きたり大型案件で事故ったりと、社内がかなり落ち着かなくなりましたw。私はというと、1年でチームが扱う案件もかなり変わっていたので、また新たな気持ちで楽しく仕事をさせて頂いていたのですが、その社内のバタつきに私のチームは大変影響を受けまして、今までのクライアントを切らなければいけなかったり、全く違う領域の業務にシフトしなければいけなかったりという状況になりました。そこで思うんですよね、楽観的な私はw。”辞め時がきた!”っと。 となると、善は急げで、私は晴れてフリーランスになりました! 有難いことに、いままでお付き合いのあったクライアントさんや、スポットで映画宣伝も受けさせていただいていましたので、仕事は順調。そして、子供と過ごす時間も確保され、とても良いバランスで仕事をすることができました。勿論、ずっとフルタイムで好きなだけ働いてきた私には、家にいることが苦痛になることもかなりありました。でも、振り返るとその時間はかけがえのない思い出となっていますし、きっと今の娘と私の関係性にも大きな影響を与えていると思います。

♡私生活と仕事を切り離せる生活ができるようになった私はその時

娘も順調に育ち、”だいぶ手がかからなくなったなぁ”という実感の中穏やかに仕事と家庭の両立をしてたところ、ある企業からマーケティング部立ち上げのお声がけを頂きました。そこで私はまた”止め時がきた!”と思うんですよね。フリーランスでの仕事は順調でしたし、娘との時間も確保できましたが、インプットがないまま自分を切り売りしていることに将来の不安もありました。ですので、もう一度企業人となって自身の成長と共に企業やクライアントの役に立っていきたいと直ぐに考え、その企業へのジョインを即決しました。 今は、また別の企業で広報部立ち上げとしてお世話になっていますが、やはり性格上企業人として働く方があっていると感じています。娘も忙しい私との効率的なコミュニケーションを意識して生活してくれていますので、大変ありがたいです(よくできた子ですw)。

このように、クズから這い上がり、仕事も家庭も何とか充実させらているのは、間違いなく夫をはじめとした周りの力によるものですが、自分でも”一生懸命生きてるな”と思います。

♡20代の私へ 

だから、今はそのままでいいし、心配しなくていい。 ふてぶてしくてしたたかで、稚拙で傲慢。何をしても満たされることがなくて、毎日笑っては泣いてを繰り返しているね。でも大丈夫。信じられないような人並みの生活が待っているから。 そして”普通に生きていくこと”が今は大変だけれど大丈夫、人並みに普通に生きていけているから。

♡最後に。20代の私のように生きている方へ

転機は必ず訪れます。 それをキャッチできるかできないかだけだと思います。不安や不満だらけの日常も何か一つ人生の目標を立てることで変わる瞬間がきっと訪れますので、どうぞ今はふてぶてしく全力で生きてくださいね。(因みに、私の人生の目標は億万長者になることですw)


長文お読みいただき、ありがとうございました。。。

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