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小説『アンチバーチャルリアリティ』#6

「へえ、これが例の。初めて見た」
 一瞬前まで怒っていた女も興味をそそられたらしく、一気にトーンダウンして少年の顔を覗き込んだ。
「アンタなのね、あいつらに雇われて私らのこと嗅ぎ回ってるっていうのは」
 先程までの威勢が嘘のように少年は黙り込んだ。

 少しずつ状況が見えてきた。どうやら少年……すなわち『蜂』は、ハイビの属するこの集団のスパイのような存在らしい。昨夜のハイビの話から推測するに、おそらくV派のスパイだろう。だとすると、この人らは自然派の一派なのかもしれない。

「……お前、名前は?」
 シバと呼ばれた男が屈み込み、少年に問いかけた。少年は何も答えない。
「その格好、あんまり贅沢な暮らしはしていないわよね」
 背の高い女が呟いた。
「私が聞いた噂だと、蜂はエリート兵士のような扱いを受けているという話だったけれど」
「エリートっていうような強さじゃなかったよ。威勢はいいんだけど目の奥には怖がってる感じがあって……どちらかというと……」
「……追い詰められたネズミのようだな」
 シバがハイビの言葉を継いだ。
「言え。お前はあいつらに何か握られたのか?」
 それでもなお黙りこくる少年に対し、女が再び苛立ち始めた。
「ねぇ、黙ってちゃ何も分からないんだけど。イライラする」
「落ち着けよ」
 ため息をつき、シバは立ち上がった。
「まあ、そんな簡単に口を割るわけもないな……悪い、こいつどこか閉じ込めといてくれ。あんまり手荒に扱うなよ」
「はいよ」
 猫背の男は抵抗する少年の口にガムテープを貼り直すと、彼の体を抱えて姿を消した。

「さて」
 シバの灰色の瞳が私を真っ直ぐ私に向けられる。
「説明してもらおうか、ハイビ」
「もう、なんでそんな冷た〜く一瞥するわけ?チャイ子ちゃん、今の状況も何も分かってないんだから萎縮しちゃうじゃん!」
 ハイビはシバの肩をパンチした。
「あのね、昨日の夜事務所の近くで拾った子なの」
「拾った?捨て子なのかしら」
 背の高い女がまじまじと私を見つめた。シバと同じ灰色の瞳だったが、冷たさは無く、寧ろ心配そうな色が浮かんでいた。
「それは分かんない。記憶が無いんだって。ウチが聞いたらそう答えたよ」
「じゃあ、このキョンシーみたいな格好してる理由も分からないわけ?」
 怒りっぽい女が私の帽子を摘む。
「うん。可愛いけどね!」
「ハイビがそう言うのなら、本当に記憶が無いんだろう」
 シバの納得の仕方に、私は少々ひっかかりを感じた。『ハイビがそう言うのなら』?どういう意味だろうか。私のような見知らぬ存在が現れたときに、一晩私と過ごしただけの人間の言葉をそこまで信用するものだろうか。
「バーチャルリアリティについても全く何も知らないみたい。そういう世界があるってことすら知らなかった」
「ここで暮らしてきてそれは有り得ないな」
「だけど、V派についてはちょっと気になるんだって。記憶取り戻すきっかけになるかもだし、ちゃんとウチが目光らせとくから!仲間に入れてもいいかな……?」
 上目遣いでシバを見るハイビの姿は、まるでペットを親にねだる子供のようだ。
 シバは私に向き直った。
「……それで、お前自身はどうなんだ?諸々よく分かっていない状態で俺たちの仲間になってもいいのか?」
「何も分からないまま、浮浪を続けるよりかは随分マシだと思います。現状、ハイビのことは信用していますし。……とにかく記憶を取り戻すことが最優先だと思っています」
 シバは面食らったような顔をした。
「お前、見た目の割に落ち着いた喋り方をするんだな」
「そうなの!チャイ子ちゃんは大人みたいに冷静だし賢いんだよ!きっとウチらの力にもなってくれると思う。だからお願い!」
 シバは大きくため息を吐いた。
「今回は特例だからな」

「やったー!ありがと、シバ!」
「マジ?シバって本当にハイビに甘い」
 怒りっぽい女が呆れたような声を上げるが、ハイビは構わず飛び跳ねる。そして私の手を取った。
「じゃあ、お待たせしましたチャイ子ちゃん。みんなを紹介するね」

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