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小説『アンチバーチャルリアリティ』#11

 事務所に戻ってからしばらくの間、特に大きな出来事はなく普通の「なんでも屋さん」として過ごした。
 「なんでも屋さん」と名乗るだけあって業務は多岐に渡る。様々な客がハイビの元に訪れた。重い荷物の運搬、電球の交換、落とし物の捜索……。どんな些細な依頼でもハイビが断ることはなかった。
 ミズキはというと、生意気な雰囲気に子供らしさを感じるのか、老人から大変人気だった。
 はじめの頃は終始不機嫌そうだった彼も、コンスタントに食事にありつけ孫のように可愛がられる今の環境をそこそこ気に入ったらしい。段々と明るい表情が増えていった。

「もう、ミーくん優秀!男手が増えるって本当に助かる!」
 人は増えたが、同時にそれを賄えるくらいには仕事を増やせるようになったらしく、ハイビは上機嫌だった。
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってんだ。……とは言え俺よりもお前のほうが強いけどな……。どこで鍛えてんだ?」
「お前じゃなくてハイビちゃん!筋トレ?筋トレは今はそんなにやってないよ〜」
「……くっそー……肉食いたい!肉!肉食わないと強くなれない!」
「ウチもお肉食べたいけど高いんだよお。その分稼いでこなきゃ!とりあえず、おにぎり食べよっ!」
 ハイビがおにぎりを手に取ると、ミズキも負けじと両手におにぎりを掴んだ。
 この二人が揃うとよく喋る。賑やかな会話をBGMに黙々と食べ進めていると、ミズキがキッとこちらを向いた。
「大体、こいつの仕事少なくねえ?しょっちゅう部屋にいるじゃん!」
「それは……」
「チャイ子ちゃんには頭使う仕事してもらってるのー力仕事だけがすごいとかないの!この前もミドリさんの電卓修理しちゃったんだよ!」
「……まあ、役割分担ってやつだな」
「なんだよヤクワリブンタンって。難しいこと言うな!」

「あらぁ、まるで兄弟みたいに仲良しね」
 
 突然の声に驚いて振り向く。ツユがそこに立っていた。
 いつ入ってきたのか全くわからない。ミズキも同様らしく目を丸くしていた。
 ハイビは驚くことなく、頬を膨らませた。
「もう、普通に入ってきてよね!」
「だって、あなたたちがどんな様子で過ごしているのか覗いてみたいじゃない」
 覆面で目元しか見えないが、ツユはニコニコと笑っていた。
「お、お前が"ツユ"?!」
「?ええ。どうして?」
「お前、施設ですっげー有名だぞ。一番優しそうなのに、めちゃくちゃ強い奴だって」
「あ、あら……そうなの……?」
 ミズキの言葉に、ツユは少し恥ずかしそうに眉毛を下げた。
「カレクサ団の噂も流れてるんだな」
「えーっ!ねえねえウチはどんな噂になってるの?」
 はしゃぐハイビを無視し、ミズキに尋ねる。
「そりゃあ、こいつらに結構やられてるからなあ。俺が言うのもなんだけど……」
「そのお話、とっても気になるから今度聞かせてもらえる?……ただ、今日はハイビに用事があって来たの。ちょっとお借りしてもいいかしら」
 口調は丁寧なままだが、一気にピリッとした空気に切り替わった。何か大きなことがあったのかもしれない。
「構いません」
「ありがとう。行きましょう、ハイビ」
「はぁい」
 ツユに連れられハイビが出ていくと、急に部屋が静かになった。これまで、部屋の中でミズキと二人きりになったことはない。何となく落ち着かないのはミズキも同様らしく、そわそわしながら食事をたいらげていた。

「ミズキ」
 突然少年の声で呼ばれ、ミズキは飛び上がった。シバだ。
 先程のツユと同じく、いつの間にか部屋に侵入していた。

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