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小説『アンチバーチャルリアリティ』#10

 そのとき、背後から誰かが階段を降りてくる音がした。
「チャイ子ちゃん?」
 ハイビだ。私はぱっとミズキから離れた。
「会議は終わったのか?」
「うん。色々あってね〜、その子はウチが預かることになったよ」
「……あの部屋に3人?」
「あは、まぁ……2人とも小さいしなんとかなるっしょ」
「俺をここから出すのか?」
 ミズキが目を丸くする。
「うん、出すよ。捕虜じゃないもん。状況を動かす鍵にはなるかもだけど!えっと……」
「ミズキ、という名前らしい」
「ええ〜っ、チャイ子ちゃん名前教えてもらえたの?そんなに仲良くなっちゃったの?すごい!」
 ハイビは私を抱き上げ、頬を擦り付けた。私は予想外のことに慌てた。
「えっ、なっ、やめろ!」
「そういうこと!今のウチらに必要なことはそういうことの延長線上にあるんだよ、ね」
 ハイビはジタバタと暴れる私をようやく降ろしすと、ミズキと向き合った。
「ミズキくん……ミズくん……うーん、ミーくん!」
「ミーくん……?」
 半ば絶望の色が滲んだ声でミズキは呟いた。しかしハイビはそんなことに構う女ではない。
「うん!ミーくん!よろしくね、私はハイビ!」
 ミズキから抗議のオーラを感じたが、私は無視を決め込んだ。
「ミーくんを今手放しちゃうとウチらも困る可能性高いからさ、しばらくうちに居てもらうんだ。もちろん手荒なマネはしないよ、自己防衛はするけどね」
 ハイビが笑って二の腕を叩いて見せた。あまり洒落にはならない気がする。
「ミーくんにとってはいろいろ複雑かもしれないけど、これからよろしくね」
 ミズキは眉間に皺を寄せたままだったが、満面の笑みをたたえるハイビから目を逸らし、フンと鼻を鳴らした。一応、状況を受け入れたようだ。ハイビが頭を撫でようと伸ばした手は綺麗に躱していたが。

「これ……大丈夫か?」
「大丈夫なのかな……」
 他のメンバーが各々のバイクで軽やかに走り抜けていってしまった後ろを、ハイビちゃん号はのんびりと追っていた。
 行きはミズキを荷物のように固定していたから3人でも問題なかったが、今回はそうはいかない。ミズキは痩せているとは言えそこそこ背が高く、私の後ろで窮屈そうに体を縮めている。かく言う私も座りが悪く安定しているとは言い難い状況だった。
 不安げな私とミズキをよそに、ハイビは自信満々に答える。
「このハイビ様にお任せなさい!」
 ハイビがハンドルから手を離して胸を叩いたと同時に、ぐらりとバイクが傾いた。思わず悲鳴を上げる。私が転げ落ちる直前に、ハイビがなんとか体勢を立て直した。
「ほ、ほんとに大丈夫だから!ね?信じて!」

 1日の情報量が多かったせいか、私は疲れていた。夕日に照らされたハイビの右手を見つめるうち、いつの間にか私は眠っていた。

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