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小説『アンチバーチャルリアリティ』#9

 動揺を悟られないように振る舞いながら、頭をフル回転させた。ここで私の記憶がないことを彼に打ち明けるべきか?――否。仮にも自然派のグループに属したのだ、むやみに敵側に手の内を晒すべきではない。しかし、こいつがいつ、どういった状況で私を見たのかは聞き出す必要がある。

「……私を見た?いつ?」
 とりあえず、相手の言葉を否定しないという手に出る。ここは彼の仲間であると思わせておいたほうが有利に進むと判断した。
「俺が実験施設にいた頃だから……半年くらい前じゃねえかな。白衣着た女に抱えられていくのを見たぜ。そんな派手な格好してるから覚えてたんだ」
「……君は、V派の蜂、ってことで間違いないのか?」
 しばし躊躇うように視線を泳がせたあと、少年は言った。
「……ああそうさ。大体そんな感じ、ってところだな。お前はこっちに潜入してんのか?それとも、自然派に寝返ったのか?」
「まだ君が信頼に足る人物か判断できない」
 心臓の音がばくばくと耳元に響く。ぎりぎり『嘘は言っていない』というラインで、いつ話に破綻が生じるかわからない。
「そこは答えられないが、今のところは君の敵ではない」
「ふうん、やっぱそんな簡単には教えてくれねーか」
 少年はつまらなそうに唇を尖らせた。しかし、すぐさま表情がパッと明るくなった。
「そうだ、こういうのはどうだ?俺はとりあえずここの奴らに従って、俺の目的が達成できそうな機会を伺う。お前は俺がここのやつらに殺されねぇようにコッソリ守る。俺はお前の秘密を守る。な、悪くないだろ?」
「君の目的とは?」
「そりゃ言わねえよ、お前も秘密にしただろ」
「一応聞くが、君の目的はここの誰かを傷つけるようなものか?」
「うーん……それは違う、とだけ教えてやるよ。これは本当だ」
「そうか。ありがとう」

 ぱっと聞くとやや私にとって不利な条件だが、そもそもハイビたちがこの少年を殺す可能性が低いことを考えると案外悪い話ではないかもしれない。そう判断した。
「いいよ。その話に乗ろう」
 これは賭けだ。その"私"は見間違いなのかもしれない。彼がどこかで裏切るかもしれない。でも、現状手がかりがここにしかないのであれば、危うい橋も渡らざるを得ない。
「ただし、名前を教えてほしい。君が本気で手を組もうとしている証として」
 一瞬の逡巡の後、少年は渋々といった様子で口を開いた。
「……ミズキ」
「ここでは君のその名前が本名だと信じるよ、ミズキ。私はチャイ子。よろしく」
 できるだけ堂々と、まるで本当に何らかの任務を負ったスパイのように手を差し出す。ミズキはニッと笑って私の手の平を叩いた。
「偉そうにすんな。俺たちは対等だ。裏切んなよ」

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