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小説『アンチバーチャルリアリティ』#4

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 ハイビちゃん号は案外快適な乗り心地だった。割と小さめの車体だが、自分も小さいので問題はない。シートが柔らかく、タンデム用のバックレストも取り付けられている。少々大きすぎるヘルメットにはインカムが内蔵されており、運転中でもスムーズにハイビと会話することができた。
「お尻痛くない?大丈夫?」
「それは大丈夫。だが……お前これ、目立ちすぎないか?V派がうろついているんだろう?」
「あはは、そこはほら、ウチのドライビングテクニックでなんとか。『カワイイ』の欲求には勝てなくてぇ」
 そう言いつつ、荒れた舗装の上を上手く走り抜けていく。かなり運転しなれているようだ。

 配達の仕事自体は特に何事もなく完了した。配達先はどちらも老人だった。地上に隠れ住んでいるらしい。二人ともハイビに感謝しきりだった。
「おやつ、いっぱい貰っちゃったね」
 私の腕の中の食べ物たちを見て、ハイビは笑った。両手で抱えるほどの量だ。クヌギという男からの差し入れが特に多い。
「老人は子供に食べ物を与えたがるものだからな」
「孫扱いだよね〜」
 バイクの荷台にボックスが取り付けられているのが幸いだった。ボックスに荷物を詰めてもらうことで、ようやく私の手が空いた。
「ああやってね、地下以外にも人が住んでるの。けど、お年寄りなんかは地下街まで買いにいくのが難しいでしょ?だからお届けしてるってわけ」
 パチン、とヘルメットの顎紐を留めると、ハイビは不敵な笑みを浮かべた。
「ま、今からが本番なんだけど!」

 よく分からないまま、私も身支度を整える。バイクに跨がろうとしたその瞬間、突然ハイビが振り返り、鋭い声を投げかけた。
「誰?」
 彼女の目線は私より更に後方に向けられていた。釣られて振り向くが、人影は見当たらない。しかし、ハイビは確実に何者かの存在を察知しているようだった。
「そこにいるの分かってるから、出てきなさい」
 数分置いて、建物の間からおずおずと少年が出てきた。12、3歳程度だろうか。痩せた身体とボロボロになった服から、彼が貧困層であることが見て取れる。
「お、おねえちゃんごめんなさい……。さっきその子が食べ物持ってたから、それを……狙ってて……。でももう取らないから、許して下さい……」
 どうやら、先程私が抱えていた差し入れが狙いだったらしい。ハイビはバイクを降りると、つかつかと彼に近寄った。
「嘘だよね」
「え……え?嘘じゃないよ……!」
 泣きそうな彼の表情にも揺らがず、ハイビは彼の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「ううん、嘘。私には絶対分かるよ。殺したり痛い目に遭わせたりしないから、ちゃんと言って」
 これまでの彼女の私に対する態度からして、ハイビがそこまで言いきるのは意外だった。子供や老人に優しいお人好しのような印象を抱いていたが、少年の言葉を全く聞き入れる気配が無い。
 そんな彼女の姿勢に観念したのか、少年はため息をついた。途端に生意気そうな表情が浮かぶ。
 次の瞬間、少年はハイビを蹴り上げた。いや、蹴り上げようとした。しかし、彼の右脚は、ハイビの右手に受け止められていた。
「はぁ?!なんだお前、力強……おいっ、離せ!」
「ハイビ!」
「大丈夫。ごめんね、チャイ子ちゃん。ちょっとそこで待ってて。……君、いきなり蹴りかからないでよ。ウチ暴力嫌いなんですけど」
「離せ!クソっ」
 少年は左手を振り上げるがそれもあっさりと捉えられ、あっという間にハイビに動きを封じられてしまった。
「ねえ、諦めない?」
「何言ってんだテメェ、諦めるわけねぇだろ!」
「うーん……そっかあ……。それじゃあ仕方ないなあ」
 ハイビはウエストポーチから細いロープを取り出すと、慣れた手付きで彼の手足を縛り上げた。
 私はというと、ハイビの思いもよらない側面に唖然としてしまった。強い。なんでも屋さんなどと軽く名乗っているが、本当に『なんでも』こなしているのかもしれない。

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