【Voicy書き起こし】田端信太郎さんを叩く人は幻影と戦っている件

田端さんについてのVoicyが好評だったので書き起こしてみた。
ご本人からもコメントもらった。

---以下書き起こし--

田端さんのTwitterが炎上してますね。笑けますね。本当にね。LINEにいらっしゃった時も自由な発言をされてたと思ったんですけど、かなりあれ制限されたんですね。ZOZOに移られてから、いかに今まで気を遣ってたかっていうのがわかったというのが面白いですね。

LINE の広報関係のとある方も安堵して、もうこれで心配せんでいいって言っててね、かえって田端さんのTwitterを見てるらしいですけどね、今ね。ほのぼのした気持ちで。

ただ、田端さんをTwitter上で真剣に叩くってのは、意味ないですよね。あれ、幻ですもんね。多分ご本人的にはあれホログラムみたいな感覚でやられてるから、Twitter上の自分っていうのを。その幻影と戦ってるだけやと思うんですよ。なんでそうかっていうと、田端さんはメディアやってるじゃないですか、ずっと。

メディアっていうのは自分で作った記事ってのを、切り離して見る癖があるんですよね。別物として。そうしなくて、あくまでも自分の延長だと考えたら身がもたないですからね。身がもたない上に、客観的に評価できないですから。いかに自分と切り離して客観的に見るかっていう訓練をするわけですよね。

それは科学者が自分の学説を唱えて、それを否定されても客観的に、ここが間違ってたのか、っていう冷めた態度を求められるのと同じ。メディアやってる以上は自分と切り離して、誰が作ったか関係なくこれは良かったか、悪かったかっていうのを話さなあかん、ってことをずっとやるわけですよね。

だから、田端さんは個人でされてますけど、あれはあくまでツイッター上の田端さんであって、ある意味バーチャルの存在なわけですから、いくら叩いても本人には何もこたえないですし、意味がないんですよね。

例えばネタバレになりますけど、スターウォーズの「最後のジェダイ」で、とあるジェダイが立っていて、それに敵が攻撃いっぱいしますと。あらゆる攻撃をするんだけど、全く効かない。でも実はそれはホログラムやったっていう。幻影だから、効きようがなかったという。

田端さんにもみんな、なんとか心理的ダメージを与えようとしてるじゃないですか。ツイッターでいろんなリプとかでね。でも、あれ全く効いてないですからね。幻影だから。ホログラムなんでね。だから、それをその前提で話した方がいいと思うんですけどね。建設的な議論とかね。

あと、田端さんの論法って堀江さんもよくされてますけど、みんなが気持ちよく幻想でこう思いたいっていう希望的な観測に対して、非情な現実っていうのを見せていくっていうのが多いので、負けようがないですよね。

多かれ少なかれ人間は幻想に生きているので。私だってね、今普通に暮らしてますけど、世界を見渡せば難民とか、戦争とか起こっているわけで、正気に返れば助けに行かなあかんわけですよね。ただ、自分は無関心であるっていう風に装って、何も俺は関係ない、日々の自分と自分の周辺が良ければいい、みたいなエゴイズムで暮らしているわけですもんね。それもある意味幻影ですよね。

幻影のなかで善人として生きている。真実に目をそらして生きてるわけですよね。世間は無慈悲すぎて直視できないからです。それは極論なんですけど、堀江さんも田端さんもそれを直視した意見だから、負けようがないですよね、根本的にはね。

話を戻すと、芸能人とかでもね、メディア上の自分とプライベートの自分って全く違うということを実感しているわけです。多かれ少なかれ、今のSNSでも生きてる我々っていうのも、SNS上の自分ってのは本体の自分と分離して考えるっていう分離感覚を、どう育てていくかってのを、授業ででもやった方が良いですね。

小学校とかでもね。ネット上の自分と、本体の自分の切り分けっていう授業。ネットリテラシーの一つでもありますよね。SNSでバカにされて傷つく子供がそれで減ればいいじゃないですか。ちょっと小学生にはハードかもしれないですけど。

余談ですけど、こういった自分の心を抜いていく、自分の意識を抜いていくっていう作業はある意味武道的でもありますよね。

不動智神妙録っていう、沢庵和尚が柳生家に伝えた、禅で剣の教えを伝えたっていう凄い名著があるんですけど、この中に面白い歌があって、「心ありて もるとなけれど 小山田に いたづらならぬ かかしなりけり」っていうんですけど。

これを剣の極意として伝えてるんです。その意味は、心があるわけでもない小山田のかかしが、立派にカラスのいたずらを防いでるってことなんですよね。これはなにかって言うと、かかしっていうのは全く心がないから、全く相手に動じないんですよね。だから、相手に脅威を与える。本当の名人っていうのは、不動智って言ってますけど、全く心が動かないんですよね。相手にビビらないんですよ。それが結局かかしに似てるって言う話なんですけど。

だから、そのバーチャル感覚を、ネット上の自分に持つっていうのはある意味武道で言っても最強なんですよね、ビビらない、無敵の人になってますからね。だから、そういう感覚っていうのをどうすれば得られるかについては、田端さん見ていて勉強になりますし。逆にそういうふうに読み取ってね、これ幻影やでって。

むしろ本体攻撃しろやっとは言いませんけど、それ駄目なんですけど(笑)、幻影やでとわかった上で幻影と遊ぼうっていう風な発想に行かないといけないですよね。でも幻影と言いつつ真面目な会社の広報だったらこれたまらんでしょうけどね。ZOZOっていい会社ですね、本当ね。すごいなあ、前澤さん。

だから究極ね、Twitter上に田端さんの心があると思ってみんなその心を責めようとするんですけど、心ないですからね。かかしみたいなもんなんで、それを責めても無駄ですよっていうのを、ちょっと端から見てて、うーんと思ってね。いつまでこれやりよるんやみたいなね。それ田端さんのかかしやでって。

逆にみんなが養分になってるやん、田端さんの、みたいな。三国志の赤壁の戦いで、孔明が小舟に大量の藁人形を乗せてるようなもんで、わざと敵に撃たせて弓矢を集めているようなもんですよ。

でも田端さんの立ち位置もうまいですよね。サラリーマンやけど、会社に関係なく自分は自分で言うでっていうスタイル。そのギャップってのもある意味演出されてると思うんですけど、演出って言ったら失礼なんですけど。もとは、livedoorニュースされてるときに堀江さんの事件があって、それもlivedoorニュースで配信してましたからね。自分の会社が犯罪扱いされてるのを自社で配信するっていう。

つまり編集権の独立こそがメディアの魂であるってことをよくわかってる方なんで、いかに会社がどうであれ、自分は自分でバーチャルだけど言うよ、っていうのがメディア価値を高めるってわけですよね。そういった姿勢でフォロワーも伸びてると思うんですけど、サラリーマンだけど本音を言っていくキャラクター。

よく Web ライターが無職だ無職だって言ってブランディングに活かしてますけどね。ある意味これに似てますよね。例えば「また風俗行ってきた」っていう方いるんですよ、人気Webライターで。全く行ってないですからね。あれはブランディングです。で、無職ですって言っても別に稼いでる方もいらっしゃいますし。ライターが無職かっていうのは難しい問題なんですけど。別にそれはディスってるわけじゃなくて、そういうもんだってことですよ、ブランディングっていう意味では。

私とかネット上のブランディングはあまりしてないですけど、まあ、でももっとした方が良いのかなっていうのは、田端さん見てて思いますね。勉強になりますね。会社では会わなくなったけど、まだ勉強させてもらっている。

それでは、益々の炎上をお祈りしてます。ではでは。

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以上です。なぜ私がこういったことを断言できるかというと、実際の田端さんと会っているので、実際の田端さんとTwitter上では違った存在であるということを実感として知っているからでもあります。会うと面白い方です。

書き起こしには次も参考にさせてもらいました。ありがとうございます。
次はそのままですが、今回の記事では部分的に追記しています。

あと、不動智神妙録は本当に好きな本なので、語ることは多いのですが本論と関係ないので興味ある方のみに。

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