見出し画像

マニラは危険な場所・・・?

今回は、初めてフィリピンの地を踏んでちょうど10年ということで、当初私がもっていたイメージなどを振り返ってみたいと思います。


初のフィリピンは、セブ島での英語留学(2014年のGW)


2013年のGW前に、ふと始めた英会話。その学校はフィリピンのセブ島にあり、直接 Face to Face のレッスン(=オフライン留学)もしていました。

既に1年間、常連の先生達(10人前後)と毎晩毎晩おしゃべりしてきて、「先生達に会いたい!」「直にフィリピンを体験したい!」という気持ちが高まってた2014年のGWに、1週間のオフライン留学+1週間の観光で半月セブ島にやってきました。


おっかなびっくりマクタン空港へ到着


今では不思議に思うほど、なにもかも恐れていました。

家族旅行以外で海外に出たのが久しぶり。一番の仲良しの先生が空港まで迎えに来てくれていたのですが、飛行機を降り、イミグレーションを抜け、空港の建物を出るまでは会えません。

空港の建物を出ると、もわっと南国の熱気に包まれました。そこはお迎えの人たちでごった返していました。

ようやく会えた時の安ど感・・・!彼女はお姉さんと二人で来てくれて、タクシーでセブ市内へ移動した後一緒にご飯をたべ、ホテルに送ってくれました。(留学よりも、少しだけ早くセブ入りし、その先生にとってもらったローカルエリアのビジネスホテルに泊まりました。)

夜中じゅう聞こえる近所のカラオケに、「おおおお。これがフィリピンか~」と感じました。


学校の敷地以外は未開の地?!

オフライン留学が始まってからは、寮と学校の往復。

今にして思えば、歩いても10分かからないくらいの距離を、「必ず送迎バスを使って」という指示のもと、バスで移動していました。

学校のあるビルから一本へだてたところにあるコンビニに行くのも怖くて、馴染みの先生の空き時間に「是非一緒に行って欲しい!!」と懇願するほど怖がっていました。

(これも、今思えば、貴重な休み時間に、付き合わせて申し訳なかったです。何が怖いの?という距離で、今なら全く怖くない場所にあったから。)

オフライン留学最後にあたり、仲良くなったスタッフの方に誘っていただき、ローカルのレストランで数人で解散会があったのですが、その場所に行くのがもう大変でした。「今ここで迷子になったらどうしたらいいんだろう。。。」

あれこれと尋ねる私に、長く働いているそのスタッフの人が「???(別に大丈夫ですよ?)」という顔をされていたのが印象的でした。


その後の2回のセブ訪問(2015年)


かなりおっかなびっくりしながらの初セブ滞在(2週間)の後、翌2015年には弾丸旅行で2回セブを訪れました。そのころにはそんなに怖さはなくなっていました。


その後のマニラ赴任(2017年~)


その2年後、マニラ赴任が決まりました。馴染みのフィリピン人先生達はみんなセブ在住。本当はセブで仕事したかったなぁ、マニラは怖いなぁとおもっていました。

「マニラは怖い」というのは、なんとなく当時持っていたイメージに加え、

セブ在住のフィリピン人たちでさえ、「マニラは危険なところだよ」「カバンは前に持つんだよ」「知らない人についていっちゃだめだよ」とアドバイスをくれたからでした。

フィリピン人さえ怖がる街マニラ・・・! と恐れたものでした。

今思えば、それは大都会ならではのイメージだったかもしれません。

実際にマニラに来てみると、フィリピン全土から働きに来ている人も多く、それは東京に似ているのかなと思いました。


初マニラ派遣(2017年~)


マニラでの仕事は、日本からの派遣で、大勢の日本人日本語教師のみなさんと一緒にマニラに渡ってきました。

同じコンドミニアムに住み、職場への往復も複数のバンで一斉に、ということで完全に守られていました。

コンドミニアムのある、比較的安全な住宅街からは出ないように、ローカルエリアへの出入りも一部注意を受けていました。

なので、休日の行動もおっかなびっくりでした。


マニラに住んで6年半の今(2024年)


ローカルの乗り物を利用し、行きたいところに一人で移動できるようになりました。

確かに危険な場所、危険な時間帯もありますから、最低限注意しながら生活しています。

けれど、どこもかしこも危険なわけではなく、普通の人々が暮らしている、普通の街です。

中には、騙してこようとする悪い人もいますが、それはフィリピン人だけのことではないし、

全てのフィリピン人が悪い人でもないし、全てのフィリピン人が良い人、でもありません。

それもまた、東京と同じなんじゃないでしょうか。


10年前のあの頃を振り返って


この10年で、ずいぶん私の意識もかわったなーと思います。

今なら、おびえきってあれこれとお願いする私を不思議そうに見ていたフィリピン人先生や、日本人スタッフの気持ちがわかります。

「そんなに危なくないよ」

当時の私に言ってあげたくもなりますが、まぁ慣れるまでは警戒するにこしたことはないので、あれはあれで良かったと思います。


私に関わる全ての人に元気と勇気を!
そしてその人の変化を有形無形で応援していきます!!!

気づいたらちょうど10年だったので、振り返ってみました。
ちか (2024.5.7)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?