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あ、世界の終わり感。そんな今こそ思い起こしてほしい。そうだ、ボクたちは20年前に滅びたはずの地球に、こうしてカワユイ顔して生きているのだ。

土曜日になりましたね。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

それでは今から恐ろしいほどに
何一つタメにならない語りをしますので、
みなさん、そっとブラウザを閉じてください。

突然ではあるが、思いきって告白したいことがある。

ボクは物心ついてからと言うものの、

「好きだった月曜日は一度もなかった」
と断言出来るほど安定して月曜日が嫌いである。

それも信じられないくらいに。

月曜日の朝、
時計が運命の時刻を刻んでアラームを鳴らす。

震える手でアラームを止め、
その時、
あの瞬間に感じる、
あの絶望感。

世界の終わり感。

うわっ、ついに始まった。
死にたい。終わった。ダルい。
そんなことをブツブツ言いながらリビングに向かう。

そしてなんやかんや死なずに朝飯を食って、
なんやかんや死なずに服を着替えて、
なんやかんや死なずに子どもたちと家を出る。

そしてなんやかんや瀕死ひんしの状態で、命からがら会社に到着する。

なんとなく9時に仕事が始まるものの、なんとなくエンジンがかからない時間が続いていくので、なんとなくやり過ごす午前中は基本的に頭がボーっとしている。

やがて昼がやってくる。

昼になると昼飯を鬼のように食うものだから、昼飯の後は眠い。
これがもう、地獄のように眠い。地獄というのがどれだけ眠い場所なのか定かではないが、とにかくもう地獄なのだ。

一山二山ひとやまふたやまの最強眠気ウェーブを乗り越えながらやり過ごしていると、
その先には待ちに待った定時がやってくる。

定時になると
ココロはもはや仕事どころではない。
そわそわそわそわ。
かろうじて繋がっていたクモの糸のように細いサラリーマンとしての自覚の糸が、ここで完全にプツリと切れる。

ようやくヘロヘロになりながら家に帰ると、
急に身体全体が休憩モードに移行。
この時点で既に眠たい。

ご飯を食べ終わると、お腹も満腹で動く気になれないが、重い腰をあげて子供3人を最後の力をふりしぼってお風呂に入れる。

そして、
ふっー
と、1日の達成感にご満悦となり、
こたつにゴロリん。

しばらくゴロゴロしていると、

あれ?

異変に気づく。
なんかさっき食べたものかなぁ、胃がもたれるよなぁ、最近。

と感じてスマホで

「胃もたれ 吐きそう コロナ初期症状」

と検索。 

そんなことをしてると、やべ、もうこんな時間か。ついに「抑えようもない眠気」 がやってくる。

「よし、ちょっと布団で横になろうかな」

スマホを充電しながら子どもと談笑。
そろそろ眠るか、、という時にここで

「あっ」
と大事なことに気づく。

あれ?一日これで終わるけどいいのこれ?

先週もこんな感じだったし、これからもずっと月曜日はこんな感じで終わるの?

ヤバない?

となるわけだ。

だが、もうこの時点で1日の生気がなくなっている。
「ガチで眠たい」
のだ。
今から何かをやる気にならない。今さら勉強や本を読むことは不可能である。

そして、そっと目を閉じながらこう思う。

「火曜日から頑張ればいいわ」 

そんな地獄のような月曜日を
毎週こなしている吾輩わがはいである。

「1999年の7(ナナ)の月に地球は滅びる」

ノストラダムスが大予言したアレ。

世界の終わり感

1980年代以前生まれの皆さん。
覚えているでしょうか?

ノストラダムスの大予言は、ボクの中ではすでに記憶があいまいではあるが、
隕石が落ちてくるだとか、疫病がどーだとか、恐怖の大魔王がやってくるとか、

そういう話だった気がする。

そんな話をすると今の若者から
「( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」
にじみ出る昭和感www」

と、ガッツリあおられるだろうが、
当時は何人もの専門家が集まって
「恐怖の大魔王」とはナニかをマジメに探る検証番組をやっていたものだ。

ボクは1979年8月生まれ。

ある日突然、小学生の時にこの話を聞いて、
本当にビックリしたものだ。

「え?オレ、20歳になる直前で死ぬの?」

と。

疑う心を持たなかった小学生は、そのまま信じた。ボクだけでない。
ワカモノから大人まで大多数の人が信じた。

だったら勉強なんてする必要はないんじゃね?

って。

しかし、そんなことを思いながらも、
ノストラダムス君もハズレるかもしれないし、やれることを精一杯やっておこう、と有限な時間を有効に使ってチャレンジングに過ごす日々を送ったが、それは結果として充実感で満たされる毎日となった。

そして1998年にボクは高校を卒業し、
大学へ進学した。

「夢」を書いたテストの裏、
紙飛行機つくって明日に投げ、
いつか曇り空わって虹をかけ、
みんなを連れて行く。

19【あの紙ヒコーキ くもり空わって】一部参照

そんなファンタジーな毎日で人生を最高に謳歌しているうちにボクの20歳は軽やかに過ぎ去っていった。

ご存知の通り、ノストラダムスの大予言は大外れで、かわりに9.11のテロが起こった。
人生も世の中も、20世紀で区切り良く終わってしまわず21世紀が始まったのだ。

2022年1(イチ)の月

もう、これ、
いったいどうすりゃいいんだ、って。

世界の終わり感。

世界に終末は来ていないが、一見すると終末にも思えるくらいの騒ぎが起きている。

2年間、強制的に自由を奪われている感覚に全世界が疲れている。
人を恐れ、すれ違う人間を避け、マスクをしていない人間を汚物のように見てしまうような、殺伐とした世の中の空気がボクたちを消耗させているのだ。

思えば、昨年入学した短大生は
「明日に向かって紙飛行機をみんなで投げる青春」
なんてどこにもありゃしなかったであろう。

憧れのキャンパスライフはめちゃくちゃ。
おそらく友人の顔もマスクでまともに認識できないまま卒業してしまって、何年か先に素顔で会った時に
「え?こんな顔だったの?」
と、なるのではないだろうか。

人類の歴史という長い視点でみれば、ウイルスと人間は長年闘いを続けており、数年単位の感染症の流行は決して珍しいことではないと、専門家は言う。

しかしだ。
こんな悲惨な現実の渦中に長期間いると、
そうとは思えない。
もはや
「ノストラダムスの予言なんて、かわいかったな」
と思えてしまうから不思議である。

もちろん、僕はたぶん死なないし、
結局、ブラウザを閉じずにここまで読み進めてくれた読者さんも死なない。

明日も普通に、この世界を生きていく。

でもこれからの世界ではワクチンや飲み薬が行き渡っても

以前のように外食文化が戻らないかもしれないし、 
スポーツ観戦やライブには厳しい制限がかけられるかもしれないし、
外出時にマスク着用がマナーになるかもしれないし、
海外旅行だって行けるかどうかわからない。

「人生で一度くらいは誰だって、
世界が変わるような体験をするもの。」

と、先人達はカッコよく言ったが、
不本意にもその体験ができるプレミアムカードを

きっと今、ボクたちは無駄にキってしまっているに違いない。

ふと気が付くと、ボクのポリシーは
少年時代のノストラダムスから影響を受けた
「20歳までに死ぬのでやっておこう」
から、

変わりゆく環境の制限がある中で
「人生をどうやって立ち回って生きていくか」
に様変わりしていた。

人生の可能性は、歳を取るにつれて小さくなっていく。

42歳のボクが飛行機が好きだからといって今からパイロットになれることもないし、マラソンを継続した先に第一線で活躍できる記録が生まれることもない。

だからといって開き直って、無謀なチャレンジをしたいわけではない。
でも、このまま歳を重ね
「こんなはずじゃなかったのに…」
という切なさを日に日に抱かずにはいられない40代を、コロナと共存しながら、
ボクは、さぁどう生きていけばいいのだろうか。

と、最近思うようになった。

そういえば昔、
40代だった親父が酔っぱらって帰ってきて、酒臭い息で説教されるのも悲しかったのだが、それよりも「自分の顔の広さ」を自慢するのがものすごくイヤだった。

「あの市長はオレの同級生でよく遊んでた」
「あの医者は、オレに意見を求めてきた」

あぁは、ならないでおこう。

まさに親父を反面教師で生きてきたから、
ボクがそんな自慢をすることはないが、ちょっぴりだけど40歳を過ぎた今、親父の気持ちがわかるような気がするのだ。

もう、40代では大きくは自分の未来を変えられない。

自分が何者なにもので終わるかが見えてしまった未来と、本当はなりたかった理想の姿とのギャップを埋めたいと思うときがあるのだ。
その埋める方法が、親父は人脈によるものだったのだろうし、理想の姿になれた人よりオレはスゴイと周囲に吹聴ふいちょうすることだったのであろう。

自分ではそれなりに勉強して、世の中に合わせてアップデートしているつもりであっても、歳を重ねるごとに世界の進歩のスピードにはついていけない。

ウソだろ、40代って、こんな未熟で未練もいっぱいある年齢だったのか。

ほっといたらできないことは他力本願になってしまう。そんな40代のオッサンの弱い心に
コロナによる制限が不安に拍車をかけて襲いかかる。

あぁ。
こんな生活が続けば、
消化不良のまま、アッという間に40代が終わってしまうんだろうな。

「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」

明日死ぬとしても、
「今日生きたみたいに生きていきたい」
と言えるような、

そういう生き方をするべきなのだろう。

たとえそれが
死ぬほど苦痛な月曜日であっても。

佐野実という「ラーメンの鬼」と呼ばれた「支那そばや」の創業者がいる。

お客様は神様ではない。
自身が作ったラーメンへの愛情から
「店内で私語は厳禁」
「香水での入店禁止」
「レンゲを使うな」
「スープを残すなら最初から食うな」

なんと客の食べ方にまで注文をつけたラーメン界の異端児であった。

彼は死の直前まで、ラーメンを愛した。
多臓器不全で水すらも飲めなくなった死の数日前でも、弟子たちにラーメンを持ってくるように指示し、

手渡された(弟子が健康面を気遣って薄口にした)ラーメンを食すと

「薄くて不味い、毎日店でこんな物出しているのか」

と注意した。
佐野実は死ぬ直前までやることは変わらなかった。

「良いラーメンを作ること」
それだけのために生きた人だった。

スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学のスピーチでこう語っている。

過去33年にわたり、私は毎朝鏡に向かって
「もし今日が人生最後の日ならば、今日するつもりでいたことをやるだろうか?」
と自問してきました。
そして「ノー」という答えが何日も続くようならば、何かを変えるべき時が来たと気づくのです。

そうか。
そうなんだ。

毎日を「どうやって立ちまわろうか」と考える人、

仕事を「こなすもの」だと割り切る人、

「月曜日から金曜日は耐えるのみ」とディフェンシブに捉える人は、

何歳になっても楽しんで取り組んでいる人、好きでやっている人には、

かなわないなあ、って。

世界がめちゃくちゃになっている今、
睡眠や食事、仕事を見直すきっかけにはなった。

ボクが不安でいっぱいになって、目を皿にしてコロナのニュースを追いかけても世界は変わらない。

不安そうに生きても楽しそうに生きても世界は変わらない。

だったらやることやって、楽しそうに生きた方がいい。

そうやって生きていたら
人生後半の40年には、
実はいろんな選択肢があり、
実はいろんな人生があるんじゃないか。

今日という日は残された日々の最初の一日 

ボクは、
そしてあなたは、
世界が終末を迎えるかのような騒ぎの不安定な2022年1いちの月、どんなふうに過ごしたいと思っているのだろう?

風が、ボクらを包んで、
そっと背中をおして、空も笑って
ボクら、みんな笑顔になって
それぞれの夢持って、この風に乗ってくよ

19【あの紙ヒコーキ くもり空わって】一部引用

明日から世界が変わっても後悔しないように生きていかなければ。

ふと、そんなことをマジメに考えた週末でした。

なーんちゃって。

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