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ご祝儀を払いたくない関係性

● 祝うかどうかが私が決める


23〜26歳にかけて、結婚式の招待状が
郵便受けに入ることが多かった。

めちゃくちゃ久しぶりに連絡が来たなと思えば、今度結婚することになって◯月◯日に式があるから来てもらえるかな?とハイテンションな会話が、スタンプと共に続く。

私は、昔から
結婚すること=おめでたいことだと
あまり思えなかった。

もっと言うと、
自分が主催している結婚式でわざわざ来てもらった人からお祝い金を回収したり、
結婚したからお祝いしてくれと他人に連絡して回る行動が、正直かなり気持ち悪いなと思っていた。

結婚は、本人同士が決めてするものだし
それを半強制的に祝えだなんて
30までにお嫁さんになりたいだけの
馬鹿女がする発想。

少なくとも、お祝いするかどうかは
受け手にも決める権利があって良いと思っていた。

頻繁に会ったり遊んだりしていた先輩や友達、
ずっと可愛がっていた後輩など
仲の良い友達は全く別次元の話。

大切な友達が結婚することを
幸せそうに話していたら、
自分のことのように嬉しいもの。

言われなくても、前のめりで暑来るしいくらいに(笑)
自然とお祝いしたくなるものだ。


問題は、遊んだ回数も数えられる範囲で
ここ最近たいして会ってもなければ、
連絡も半年以上とっていないような
薄い付き合いの大学の知り合いや前職の付き合いなどで来る招待だ。

完全に人数合わせだとしか思えない。

自分の大事な時間とお金を使って、
なぜそんな人のところへ足を運ばなくてはいけないのだろう。

結婚式は朝早く髪をセットしたりなんだかんだで、行く側の工数もけっこうかかる。
大切な友達の結婚式は、そんな時間ですら
胸を躍らせ高まるものだが
その時間を想像したときに気乗りしない人の結婚式は、積極的に断って良いと思う。

というか、私は徹底的にそうしてきた。

引かれるかもしれないが本当のことだ。

連絡もほとんどないような人の結婚に
3万円入金するくらいなら、
私は大事な親にその分仕送りしたい。


● 同じ思いの人は結構いる

26歳の頃、こんな話を
その当時通っていたダンスの先生に話したら、
腹を抱えた大爆笑されたのを思い出した。


その先生はいわゆるゲイの方で、
「私は結婚したくても日本じゃできないからね〜一生ご祝儀あげっぱなしなのよー!あー同感すぎるわ、私もこれからもそうしよ♩」
興奮しながらそんなことを言われて、
あ、仲間がいた。と思った。


私は、20代ずっと招待される側だったけど、
結婚式の前後含めたコミュニケーションには
招待する側のマナーがめちゃくちゃ露呈するもの。

その人が、人付き合いをどう捉えているかもよく見えてしまう。


結婚するからお祝いされて当然、
可愛い花嫁姿や私の旦那に
興味を持ってもらえて当たり前だし、
そのために足を運んでくれるでしょ?
だなんて安直な考えは、
子どもが生まれた後の行動にも繋がってくる。

結果、そんなスタンスを継続してしまうと
同じような人しか周りにいなくなって、
温かい人の縁が切れていくことになると思う。

● 祝いの場にこそ良識を


結婚に対しての価値観は、
私が20歳の頃と比べても
多様化しているように感じるし、
結婚式を大規模にする人も減っているように思う。

私もいつかすることがあっても、
友達からお祝い金を回収してまで
式をしたいだなんて絶対思わないと思う。


なんのためにそれをやるのか?
その選択は誰が決めたことなのか?

自分の意思が伴わない選択、具体的には
承認欲求や衝動的な感情からした選択は
その人らしさを奪っていくし、人も離れていく。

結婚式に限らず、意味のよくわかっていない、
やる理由が自分の言葉で説明できないような
安直な行動は、避けるべきだ。


結婚やパートナー、これに関連する慣習に
関する考えも、思いついたタイミングで
これから書いていこうと思います。


cham_lu

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