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【随想】本のほとり#4|高橋源一郎「ゆっくりおやすみ、樹の下で」

近所の川本さんちにはノウゼンカズラが生えている。夏になると赤みがかったオレンジ色の花が咲く。

川本さんちのノウゼンカズラは、カーポートの柱に巻き付きながら上へ伸び、カーポートの屋根のヘリを伝ってさらに横へも伸びている。

都会でもなく豊かな自然があるわけでもない郊外の住宅地の中、川本さんちの庭に生えている植物達が私たちに四季を知らせてくれる。夏はノウゼンカズラが目を引くが、その少し前の季節にはビワがなり、鳥がつつく。

私たちがここに引っ越して来たときには、川本家は既にご夫婦二人暮しだった。

はじめに川本さんと仲良くなったのは次女のあゆみ。小学一年生の頃だったと思う。夕方、生垣の手入れをしていたおばさんの「こんにちは」に、あゆみが「こんにちは」を返したのがきっかけなのだとか。

おばさんが手入れをしていた生垣はブラックベリー。夏になるとたくさんの実をつける。実がなると、あゆみは川本さんちの庭に入り浸った。おばさんとお喋りしながら、完熟したブラックベリーを探す。

「おばさん、おかあさんに『あんた、何様?』って怒られた。」
「『お子様』でしょ?」

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