【小説】ミルクティー

「紅茶99%、ミルク1%の飲み物はミルクティーだと思う?」
午後のカフェ、テーブルを挟んで向こう側に座るサクが、手元のカップにミルクを注ぐ。サクは突然の質問に黙っている私の顔を一度見やってからまたカップに視線を戻し、ティースプーンを摘まんだ。
「俺は思う、紅茶が濁ってしまったらもう、紅茶じゃないと思うんだよね」

子供扱いされるのが好きだった。並んで歩いたときに斜め上から降ってくる、ちょっと鼻にかかった声が好きだった。
「アコは本当になんも考えてないんだなあ」
そう言われる度に心がじいんと細かく震えた。私が何も考えていないのであれば、あなたは私より賢いということだから。『なんも考えていない私』は私の鎧だ。恋愛したくないんだよね、という返事のあとに絡めてきた指も、そのさきの夜も、あなたがくれる全部を好きでいるための。

「私たちってさ」
私の言葉が、目の前でスマホを弄るサクの動きを一瞬だけ止めた。テーブルにやったままの視線の端で、サクの親指がまたスマホを撫でる。
「なに」
秀逸な枕詞を前にすると、『なに』の二文字は意味を持たなくなるんだな、なんてことを考えながら、手元のカップを見る。飴色に光る紅茶とあたためられたミルクが小さく揺れる。
「なんて言おうとしたと思う」
「えー」
……なんだろうね、と言ったサクの顔を見上げると、ばち、と目が合った。

ああ、そうか。

「紅茶99%、ミルク1%の飲み物をミルクティーって言う人が嫌い」
わかってしまった。誤魔化すのが上手なあなたは、言わないことが上手なあなたは、賢くなんてない。そして、馬鹿なふりをする私も、賢くなんてないんだ。
「私それは紅茶99%、ミルク1%の飲み物だと思う。曖昧なものをわかったふりしないで。私とあなたはセフレでも友達でもない、私とあなただよ。」

春の夕方に吹く風は、その場に浮かんだ気持ちのすべてを拐ってくれるらしい。歩くスピードをわざと落とすと、肌に当たる風の硬度が少しだけ下がった気がした。
帰ったらミルクティーを飲もう。今度こそ自分の好きな配分の、おいしいミルクティーを作ろう。

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