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【小説】狼煙

昔、ある家の暖炉の前で若い男女が寄り添っていた。 「明日、お父様のご友人の、ご子息のところに嫁ぐの。」 男は表情ひとつ変えず、暖炉の火を見つめている。 「ねえ知ってた?昔の人は、大きな火を起こして自分の居場所を知らせたらしいわ。」 暖炉の薪が炭になった部分から鈍い音を立てて落ちていく。 「私、何もかも嫌になったら、家を燃やしてしまおうと思うの。」 そうしたらあなた、絶対に私を見つけてね。 若い娘の言葉に、男はゆっくりと頷くと、自分の手を娘の手の甲に重ねた。 男はそれから一日

    • 【小説】空中ブランコ【歌舞伎町文学賞一次選考通過作品】

      2012年3月31日(土)高校を卒業した。晴れて自由だ!と思ったけど、あと何日かしたら大学生活が始まってしまう。真由は明後日から仕事が始まるらしい。悟も明後日から専門学校。勇一は学科は違えど同じ大学に通うから、卒業式はあまり泣かなかった。勇一はツイッターでもう友達ができたらしい。ちょっと焦る。 遊んでばかりいたらもう月末だ。卒業旅行行けなかったのだけ悔しいけど、また予定合わせて行きたいな。来月からバイトも始めるつもり。大学近くの本屋さん、まだ求人出たままかしら。友達、できると

      • 【二次創作小説】リンス/オレンジスパイニクラブ

        「一本ちょうだい」 ミキの言葉ですべてわかった気がした。 乾かしていないミキのロングヘアーが朝日を受けて不健康そうに光る。 「煙草吸う人だっけ」 俺がそう言うとミキは気まずそうな顔をして「たまにね」と言った。成長期の真っ只中からヘビースモーカーだったタケルが煙草の重さを変えたのも、タケルとミキが俺の前であまり喋らなくなって随分経つのも、全部がミキの一言で繋がってしまった。まあ今までも、わかりたくなかっただけだけれど。 宅飲みなんかするんじゃなかった。もっと酒に強いやつを呼

        • 【500文字小説】卒業

          「ついに卒業式だな。引っ越しの準備は済んだ?」 ユウコはあの日から無口になった。俺の言葉には返事を返さず、こっちを見て微笑むだけ。 「今日で離ればなれなんて信じられないな」 去年の夏休み、俺は海を見に行こうと早朝から自転車を走らせた。ユウコは俺の後ろで鼻歌を歌っていた。早朝だったんだ。運転手がちょうど、眠くなるくらいの。 「東京って行ったことないなあ」 ユウコの向こうで親友のカトウが心配そうにこちらを眺める。喋らないユウコに話しかける俺が滑稽に見えているんだろう。 「なあ、俺

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        【小説】狼煙

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          【小説】フルーツポンチ

          「起立、礼、さようなら」 「さようなら」 帰りの会の終了を告げる高めのチャイムが辺りに鳴り響き、ランドセルを背負った子供たちがパラパラと教室を後にした。手元の日誌と資料を、トントン、と教卓に当てて揃える。教師になって二年目、私が初めて担当したクラスも、この来月でクラス替えとなる。 突然、外からカラスの鳴き声がして窓を見る。カラスはベランダの手すりにとまり、こちらをじっと見ていた。 そうだ、あのときも、こんな風にゆったりとした放課後だった。 フルーツポンチ、という都市伝説が

          【小説】フルーツポンチ

          【500文字小説】出会いと別れと出会いの季節

          アラームを止める。まだ五時半か。寝直そうとしたとき、異様な光景に目が覚めた。壁一面に張られた黄色の付箋と、ゴミ箱を埋める丸められたピンクの付箋。 『犬(サスケ)』 『洗濯機に洗濯物』 『朝六時サスケの散歩』 『僕の記憶は一日で消える』 足元を見ると、リードを咥えた柴犬が座っていた。 公園に着くと、サスケが一心不乱にベンチの方へ駆け出すのでそれを追って僕も走った。サスケは座っている女性に飛び付き尻尾を振っている。 「すみません」 「いえ、元気ですね」 「はは…」 一目惚れだっ

          【500文字小説】出会いと別れと出会いの季節

          【小説】象から咲く花

          公園には象がいました。 象の鼻は滑り台になっていて、お腹はくり抜かれ、身体には無数の落書きがありました。象は身体に文字を書かれることも、書かれた文字を想像することも大好きでした。 象はたくさんのことを知っていました。 象の動かない視界に映るものは限られていましたが、その代わりに、大きな耳で色んな話を聞くことができたからです。近くの学校のチャイムの音が変わったこと。三丁目の山田さんが老衰で亡くなったこと。花火大会のあとのカップルは公園に来ること。小学生たちがはしゃぎながら噂し

          【小説】象から咲く花

          【小説】お題「ドライヤー」「雪山」

          「遭難したときにチョコってやっぱいいらしいですよ」 「え?」 つい聞き返してしまった。美容室。テレビからはワイドショーが流れている。 「ほら、雪山の」美容師が俺の肩を揉みながら顎でテレビを示した。「ああ」テレビから司会の声が聞こえてくる。 「万が一遭難したときは~…」 目を閉じて、揉まれている肩に集中する。チョコは嫌いだ。甘ったるいから。隣の席からはゴオオというドライヤーの音。遭難したことはないが、吹雪の音はこんな感じだろうか。ゆるりと届く生暖かい風には程遠い雪山を想像しな

          【小説】お題「ドライヤー」「雪山」

          【小説】虹をかける

          職場近くの街中華は、量が多い。皿に散らばる炒飯の粒をレンゲでかき集める。最後の一口はお茶碗一杯分に相当するんだよね、というナナコの冗談を思い出す。 背中から聞こえてくるワイドショーが、近くの山道での事故をのっぺりとした口調で伝えてくる。バイクが横転、転落、後ろに乗っていた女性は病院に運ばれたのち死亡が確認され、運転していた男性は意識不明の重体で…… 気を抜くと逆流しそうになる炒飯を水で流し込み、会計をする。ありがとうございましたーという声を背に店の外に出ると、もわっとした六月

          【小説】虹をかける

          【500文字小説】妖精屋

          「もしあの人が立ち直れていなかったら、お願いします」 「一年後ですね、承りました」 花見客で賑わう公園で酒に口を付ける。 「もう一年だろ。そろそろ新しい彼女でも」 「そんな簡単に言うなよ」 「あ、おい」 新しい彼女?馬鹿らしい、だって俺はまだ─── 突然風が強く吹いて花びらが舞った。その向こうに見覚えのある後ろ姿。 「サユキ?」 思わず手を引いて、振り返った顔を見て驚いた。 「サユキだ!生きてたんだ」 「いいえ、私は」 桜の妖精です、と言い切ったサユキがふわりと微笑んだ。

          【500文字小説】妖精屋

          【小説】ミルクティー

          「紅茶99%、ミルク1%の飲み物はミルクティーだと思う?」 午後のカフェ、テーブルを挟んで向こう側に座るサクが、手元のカップにミルクを注ぐ。サクは突然の質問に黙っている私の顔を一度見やってからまたカップに視線を戻し、ティースプーンを摘まんだ。 「俺は思う、紅茶が濁ってしまったらもう、紅茶じゃないと思うんだよね」 子供扱いされるのが好きだった。並んで歩いたときに斜め上から降ってくる、ちょっと鼻にかかった声が好きだった。 「アコは本当になんも考えてないんだなあ」 そう言われる度

          【小説】ミルクティー

          【500文字小説】新生活応援プラン

          「新生活応援プラン?」 「はい、当社限定6G通信は十年後の自分と通話が可能なので、より的確な新生活へのアドバイスが頂戴できることでしょう」 値は張ったが、これから始まる大学生活のネタになるからと契約した新しいスマホを起動した。通話アプリを開き、指定された番号にかける。 「サトルだね、待ってました」 電話口の男は何故か誰も知らないような俺の情報を持っていて、やけに詳細なアドバイスをくれた。そしてその通りに行動すると面白いくらいに上手く事が運んだ。 「お前の言う通りに言ったら、

          【500文字小説】新生活応援プラン

          【小説】クローン

          第二心身所持法ができて、もう百年は優に越えたらしい。立法当初は倫理的観念から反発もあったらしいが、この平和な今の日本を見たら、誰が異論を唱えるだろうか。今この国に無くてはならないもの、それは、もう一人の自分だ。 事故、災害、犯罪。それらを完全に失くすことは、いくら英知の発達した人間にも不可能なことだった。それなら、と言った発明家の名前を、私は覚えていない。 「おはよー」 「おはよう」「おはよう」 私の挨拶に、いつも二重に返ってくる返事。私は、妹と、妹のクローンと暮らしている

          【小説】クローン

          【小説】信号機に4色目があったら

          「犯罪者は目が違う」 その研究結果が出たのが三年程前だっただろうか。研究結果は瞬く間に広がり、小学生は目付きの悪い同級生をイジメの対象にするようになった。研究結果の発表後、あまりにも悪い影響があったため、研究所はその結果を取り下げた。 しかし俺は知っている。その結果は真実だ。起き抜けにコーヒーを飲みながら朝刊を読む。 『犯罪者減少、交通事故増加』 日頃から犯罪者の減少を訴える研究職の俺に、行政は目を付けたらしい。 研究所に向かう途中、赤信号に捕まる。一年程前に導入された信

          【小説】信号機に4色目があったら

          【小説】東京タワー

          東京の君へ お元気ですか。こちらはどうにかやっています。最近、ラーメンとチャーハンを同時に頼むことを躊躇するようになりました。僕も人並みに歳を重ねているようです。昨日君に手紙を書こうと思い立ってから、100均に便箋を買いに行ったものの、君の好みがわからなくて10分ほど悩みました。考えてみれば、僕は君の名前すら知りません。勿論住所も知らないので、この手紙は書いたあと、どこかにしまうことにします。あの日僕が東京に行った理由を話していませんでしたね。なるべく人が多いところが良かった

          【小説】東京タワー

          わたしにはまだ、

          違う人の声で、違う人の体温で夢を見る。嬉しくて恥ずかしくて照れながら笑ったら、それを合図に目が覚めた。 銀杏BOYZを教えてくれたのはまた違う人で、フジファブリックもスピッツも、また違う人が教えてくれた。 身体がだるい。少女漫画をなぞるような行為は、幸せというよりスタンプを押している気分になる。大事に取っておいた箇所も、気付かないうちに埋まっていた。お姫様抱っこされたことある?と聞かれてしばらく考える自分が、しばらく考えることに何も感じない自分が、ただここにいるということを

          わたしにはまだ、