【小説】お題「ドライヤー」「雪山」

「遭難したときにチョコってやっぱいいらしいですよ」
「え?」
つい聞き返してしまった。美容室。テレビからはワイドショーが流れている。
「ほら、雪山の」美容師が俺の肩を揉みながら顎でテレビを示した。「ああ」テレビから司会の声が聞こえてくる。
「万が一遭難したときは~…」

目を閉じて、揉まれている肩に集中する。チョコは嫌いだ。甘ったるいから。隣の席からはゴオオというドライヤーの音。遭難したことはないが、吹雪の音はこんな感じだろうか。ゆるりと届く生暖かい風には程遠い雪山を想像しながら、首の辺りを親指で圧される。そういえば裸で暖め合うって最初に誰が言ったんだろう。ゴオオ、なんか寒いな、冷房効きすぎじゃないか?

突然美容師が俺の頬を強く叩いた。ハッとして目を開ける。ああそうだ、そうだった。霞んだ視界の中で異常な数の星がちらつく。「ヘリだ、助かるぞ」泣きそうな声が上から聞こえてくる。助かった。口の中が異様に甘ったるい。チョコはもう、一生食べたくないな。

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