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満足なソクラテスになれないのなら


かの有名な質的功利主義の哲学者、ジョン・スチュアート・ミルは自由論の記述において以下のように述べました。

「It is better to be a human being dissatisfied than a pig satisfied; better to be Socrates dissatisfied than a fool satisfied.
満足した豚であるより不満足な人間である方がよい。満足した愚者であるより不満足なソクラテスである方がよい。」

自由論より


この名言は、決して人間が豚よりも高次の生き物であることを表現したいがために用いたわけではありません。

私は哲学を専攻しているわけではないので正確な表現をすることはできませんが、この名言は

「豚や愚者のように考え方の視野が狭いがために低次の快楽で満足する状態よりも、色々な視点を持てる人間が増えることが大切なのだ」

というように解釈しています。













はい、お堅いお話はこれでおしまい。

急に哲学に目覚めて語り出したわけではありませんよ。哲学は大学入試共通テストの社会科で倫理・政治経済を選択するくらいには好きですが、至上主義ではありません。

なんなら、このような思想関連の学問は、(特にそれを科学的に分析するとなると)出された結論からあぶれてしまった人に対して、人間否定をすることができてしまう側面があるので苦手です(←大学で初めて落とした単位が哲学の授業だったっていうのも苦手意識に大きく貢献しています笑笑)。

J.S.ミルの引用をしたのは、いつものように僕に災難が降りかかってきたからです。









半年前くらいに投稿したこのブログの冒頭で、僕は自分が純血の中国人であることを公表しました。


ブログを始めた当初はその事実を公表する予定はありませんでしたが、同じような境遇・苦難を味わう人たちに少なくともここにも小さな味方がいるという声をあげるために公表しました。

正確に言うと、私は「日本生まれ・日本育ちではあるものの国籍が中国」という立ち位置であり、専門用語で「華裔かえい」と言います。

使う言語も振る舞いも日本人と同じだけど、国籍だけ違う。その些細な違いが引き起こす様々な障壁に約20年もの間向き合ってきました。

今となっては些細な障壁に対しては慣れてしまいましたが、今回に関してはちょ〜っと大変だったので掲載できる範囲で記録に残しておこうかなと思います。

















中国では、1996年から日本のマイナンバーカードにあたる身分証制度を施行しています。

今までは(恐らく)日本と同様に運転免許証と同程度のいち身分証明書としての役割を担っていなかったと思われますが、ここ数年で中国国内での身分証一本主義が目に見えて進んでいて、正直言って身分証が無ければ何もできない状態になってしまいました。



それが明るみになったのが昨年の夏の出来事。

コロナ禍の影響で実に7年もの間中国に行くことができなかった私たち家族なのですが、この春ようやく航空券が人道的な価格になり、私の大学受験も落ち着いたので親族に会う計画を立てることにしたのです。

しかし、7年も行っていなかったためにパスポートの期限が切れてしまっていて、更新をする必要がありました。

在日中国大使館は、今ものすんごく業務の省力化に励んでいて、大使館に行かなくてもインターネット上での手続きや面接によって簡単に更新ができるようになりました。





しかし!


手続きに必要な手数料がWeChat(日本のLINEにあたるアプリ)でどうやっても支払うことができなかったのです。

僕はもともとWeChatと結びつける中国の銀行口座を持っていなかったので、支払えるわけがありませんが、口座を持っている母親さえ支払うことが出来ませんでした。

日本に住んでいるある両親の古くからの友人が中国の身分証を持っており、(それのせいかどうかは分かっていませんが)その方を通じてなんとか費用を払うことが出来たので、無事パスポートの更新手続きをすることが出来ました。

ちなみにその更新手続きも(大使館の人の中に親切じゃない人が一定数いるということも相まって)キチンと撮影した証明写真が何故かダメだの、必要だという連絡が大使館から全くなかったにも関わらずオンライン面接時に(実際にその場にいるかどうかを確かめるために)当日の新聞が必要だの、結構面倒くさかったです。

オンラインで更新できることは、わざわざ大使館に赴かなくて済むので確かにお互いにとって楽ではありますが、様々な事情を抱えている人がいる以上大使館でも●●手続きできるようにしておいて欲しいですね。









さて、無事パスポートの更新が完了。
いよいよ現地で身分証作成の手続きに移ります。




身分証作成までの流れ


ほとんどの人には関係ないと思いますが、作成に必要な書類をざっと上げていきますね。

【身分証作成までに必要な書類】
①土地権利書
②5年間出入国記録
③銀行預金証明(3万元が口座内に必要)
④結婚証明書
⑤証明写真2枚
⑥パスポート
⑦在留カード(要翻訳)
⑧母子手帳(要翻訳)
⑨戸籍謄本
⑩その他諸々の申請書類


手続きのほとんどを母親にしてもらっていたので、正直言って上記のもので網羅できているわけではないと思いますが、それでもかなり多いことがわかると思います。






ちなみに日本のマイナンバー発行に必要な書類は以下のようになっています。

【マイナンバーカード必要書類】
①申請書
②顔写真

😩😩😩

少なすぎますね。しかも手続きのほとんどをオンラインで済ますことが出来てしまうため非常に楽ですし、期間も2〜3週間程度で発行できるため早いです。

それに対して中国は、すべての手続きを役所などの公的機関で対面で行わなければなりません。しかも(後述しますが)段階ごとにかなりの日数待たされます。





何故こんなにも面倒臭いことになってしまっているのか。それはひとえに私の身の上に重大な欠陥があるからです。





























それは、私には戸籍がないこと。


は?って思うでしょ?
私もそう思います。

手続きで行った公安のおじさんも「このガキなんで戸籍ないのに中国パスポート持ってるんや」って言ってました笑笑

当然、戸籍のない人間に身分証を与えることは出来ません。だから、戸籍を作るために膨大な手続きに勤しむ必要があったのです。

さあ、もはや人権がないと言っても過言ではない私が人権を得るまでの流れを見ていきましょう。
結構長いので読み飛ばしちゃっても大丈夫ですよ。




⭐︎ステップ1:出入国記録を出してもらおう


私が戸籍を置いたお婆ちゃんの実家は田舎の中の田舎みたいな場所にあるため、出入国記録を発行してもらうためには隣町(50km)まで行く必要があります。さすが中国、隣のレベルが違います。

この出入国記録が発行されるまでに4営業日必要です。発行場所は平日しか営業していません。


⭐︎ステップ2:書類を翻訳しよう


役所に提出する書類の中には、在留カードや出生届(母子手帳)のように日本で発行した書類があります。
この書類を日本語のまま提出しても先方には理解できませんので、予め中国語に翻訳する必要があります。

翻訳方法としては2通りあります。
①在日中国大使館で翻訳してもらう
②中国の業者に翻訳してもらい、それを公的機関にて審査、書類化してもらう。

手間としては恐らく①の方が楽でしょうが、今回はアテがあったということもあり、②の方法を選択しました。

しかし、ここに大きな抜け穴があります。なんと、公的機関で書類化するのに最大で1週間もかかってしまうのです!!!

まーじで①の方法を選択したほうがいいです。



⭐︎ステップ3:銀行口座を作ろう

戸籍を置くためには、ある程度金がないといけません。そのため、中国国内に3万元(日本円で約60万円)以上の残高がある銀行口座を作る必要があります。



ここでまた一つ厄介なことが…

口座を作るためには、本人の中国国内の電話番号が必要です。仕方ありません。電話番号を作りにいきましょう。

電話番号を作るためには身分証が必要です。

😩😩😩

身分証を作るために電話番号が必要なのに、その電話番号を発行するのに身分証が必要ってなったらもう無理じゃん。TSUMI GAME.

こういうよくないループはあるあるです。


結局どうしたかというと、叔父さんの電話番号で銀行口座を作りました。全然大丈夫でした笑笑

口座を開設したら、残高証明を発行してもらいます。これはすぐに出てきました。





⭐︎ステップ4:戸籍を置く許可を得よう

ステップ1〜3で準備した書類を含むすべての書類をいよいよ市役所窓口に提出します。

この審査にも最大で3〜5日待つ必要があります。この審査が通ることで、戸籍を置く許可を得ることが出来ます。


⭐︎ステップ5:戸籍を置こう

さて市役所から許可が出たところでやっと戸籍を置く手続きをすることが出来ます。手続きは公安で行います。

提出する書類は
・戸籍を置く土地の土地権利書
・地主の戸籍謄本及び身分証明書
・市役所ので発行してもらった紙
です。

やっと終わるかぁって思ったらまだ終わりません。


私が18歳以上で、戸籍を今まで持っていなかったがために、色々な身体データを取る必要があるそうです。

さすが中国、超管理社会です。

なんのデータを取られたかというと、
①血液
②両手の指紋
③身長
④体重
⑤靴のサイズ笑
血液はDNA採取のためのようですね。②〜⑤は別室で行ったのですが、閉鎖された空間だったことも相まって、受刑者気分を味わうことが出来ました笑

友達にそれを言ったら、お前は逮捕されに中国に行ったのか?と言われました笑
靴のサイズなんか測ってどうするんだよ…

ここで採取したデータの審査に1〜2日かかります。
この審査がパスされることで、ようやく戸籍を置くことができるのです。


⭐︎ステップ6:身分証を発行しよう

戸籍を置いたらこっちのもん。あとは同じ公安で身分証発行の手続きをします。身分証に載せる写真を撮影したり、書類を記入してOKです。

身分証の発行に7〜10日かかりますが、本人が受け取りに行く必要がないので、私の役目はここで終了です。











どう?大変でしょ?
身分証を発行したことで、私はようやく宙ぶらりんの状態からいち人間として認められました。
この身分証があれば、中国国内での手続きはほぼ滞りなくできるようになるはずです。










本題:満足なソクラテスになれないのなら


私がこのブログで言いたかったことは、決して手続きの長さの愚痴ではありません。あまりにも長いのは仕組みのせいだし、自分が国民である以上それは受け入れるしか選択肢がないのですから。




私はこれまでのブログで、自分が質素な生活がわりかし好きなことや、他の人が普通に抱くような様々な欲(消費欲とか性欲とか承認欲だとか)があまりないことを言ってきました。

何故あまりないのか、今まで理解することが出来ていませんでしたが、今回の出来事を通して1つの結論に至りました。


それは、自分がまだその欲望を抱く段階にすら至っていなかったということです。

自分が周りの人と国籍が違うことや、身分証がないがために困るハメになるという普通の人だったら当たり前に享受できることが出来ていない、それを満たす欲望が満たされていないがために消費欲などを抱けなかったのだと思います。

もちろんこれ以外にも自分の性格などがかなり影響しているでしょうが、上記のこともあながち間違いではないのではないかと思います。

でも、私はこう考えることで、理解することが出来ました。











人間はどれだけ恵まれても完璧に満足することが出来ない。

自分が抱く欲望を満たすことができればまたすぐに新たな欲望が出てくる。そしてそれは尽きることがない。


そう、我々は満足なソクラテスになることが出来ないのです。






もし、本当に満足なソクラテスになれないのなら、私は満足した豚の方がマシなのではないかというように考えます。
足るを知るという風にも言い換えられますね。



残念ながら僕は恐らく豚じゃないので、完璧に「足るを知る」状態になることは出来ないでしょう。

だから、今回戸籍を得ていち人間として認められることで、新たな欲望が次々と出てきてしまうのではないかと少しだけ心配しています。

でも、「足るを知る」ことが大切なんだということが分かっていれば、湧き出る欲望に対して盲目的にならずに一歩立ち止まることが出来るのです。


足るを知る以外にも、「知らないでいる」ということもわりかし大切です。
中国に約3週間ほど滞在していたのですが、中国は通信規制がかかっていて、LINE・Instagram・Youtubeなど(なんならNoteも)使用することができません。

今回は事前に購入していたSIMのおかげで、容量に制限はあるものの使うことが出来ましたが、それでもすごく不便です。

でも中国に住む人がそれで困っているかというとそういうわけではなくて、LINEが使えなくて困ってるんだよって言ってもふーん程度で済まされます。

何故か。それは彼らがそれを知らないからです。私たちは、SNSの魅力を知ってしまったがためにそれがない世界に不便を感じますが、知らなければ不便だと感じません。



私は人間の欲望が怖いです。

その欲望は、人間の成長に間違いなく寄与しているでしょうが、過剰な/誤った欲望は人間を狂わせてしまいます。

もし、私がそういうふうになりそうならば、一度立ち止まって、この記事を読み返そうかなと思います。


私はちょっとだけ変な大学生。
そういうこと。



P.S.

50本目の記事らしいです。頑張ってるじゃん俺。




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