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ブックレビュー

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本の感想です。社会科学系の本が中心です。
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平尾昌宏著『人間関係ってどういう関係?』

 ずっと「親友」が「友人」の一類型として位置づけられることに、なんとなくモヤモヤしてきた。  例えば、異性の親友との会話の中で「私たちって絶対彼氏彼女にはならないよね」というセリフを聞いたとき、みんなはどう受け止めるのだろう。私も何人かから言われたことがあるが、正直少し淋しい気持ちになる。別に付き合う気などさらさらなくても、である。  2人の親密さを形容する言葉として発せられていることは十分理解できる。そのこと自体はありがたい。「恋人」かそうでないかの間に大きな一線が引か

現在の震災が直接の当事者ではない人のために ~外岡秀俊著『地震と社会 「阪神大震災」記』の薦め

 元日に発生した能登半島地震から1週間がたちました。被災された方はもちろんのこと、遠隔地の方でも、親類縁者が北陸にいる、職務等で災害対応に当たっているなどの事情がある方は、身に迫る心配の多い日々を過ごされていると思います。  一方で、今回の地震災害と特に具体的な関わりはない方の中にも、日々の報道を見るなかで、不安や葛藤状態になっている方もいらっしゃるかもしれません。  私は被災経験はありませんが、阪神・淡路大震災を経験した方々と関わる機会を大学時代に得て以来、毎年1月17

2023 読書この一年

 今年の読了冊数は86冊でした。昨年よりも約10冊減りました。なかなか読書のタイミングが取れなくなりつつありますが、それでも、時折恵まれる収穫には熱中してしまうものです。  今年読んだ本の中から特に印象に残った9冊をご紹介します。なお、「今年読んだ本」ですので、昨年までに発売された本も含まれます。 『家政婦の歴史』 今年の新書で一番の収穫は、濱口桂一郎『家政婦の歴史』(文春新書、7月発売、8月15日読了)でした。家政婦が、労働基準法による保護から漏れるに至る過程を、まるで

『家政婦の歴史』書評に著者からリプライを頂きました

 昨夜、『家政婦の歴史』の書評を公開しましたが、これを受けて著者・濱口桂一郎さんがブログ「hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)」にて、拙文へのリプライをしてくださいました。ありがとうございます。  濱口さんは本書の終盤で、問題の解決策として家政婦紹介所が、自らのビジネスモデルに立ち返って派遣事業化することを提唱しています。しかし、法律上それができるのにそうしていない紹介所が多くある以上、拙文では「あまり処方箋としての筋が見えない」と書きました。  今回のリプライ

濱口桂一郎著『家政婦の歴史』

 『ジョブ型雇用社会とはなにか』(2021年、岩波新書)のヒットが記憶に新しい著者が、なぜ家政婦の歴史?と思いながら手にとった。  「はじめに」を読むと、なるほど「家政婦」という職業が、労働行政上、宙に浮いた存在であることがわかる。  そしてさらに読み進めると、家政婦というビジネスモデルが戦前には法的にもその独自性を認められたにもかかわらず、戦後の混乱の中でさまざまな似て非なるものと同一視され、無理な当てはめを受けざるを得ず、現代に至るまでその矛盾を引きずっていることが分

書店で3回「有斐閣ストゥディア」と唱える

 レジー著『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)では、ビジネスで他者を出し抜くために、効率よく情報を得ようとする人たちが登場する。著者はその背景にある新自由主義や家父長的な思潮を問題視しつつ、本書ではファスト教養を求める人たちが、括弧付きの教養ではなく、よりマシなコンテンツに触れやすくなるための方策を提言している。  とは書いてみたものの、ファスト教養はそこまで問題なのだろうかと思わなくはない。浅ましい人は昔から一定数いるが、多くの人はただ浅ましいだけで

古谷敏郎著『評伝 宮田輝』

※2023年1月31日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。  日本のテレビ黎明期に『三つの歌』『のど自慢』『ふるさとの歌まつり』といった番組の司会を担当し、高橋圭三と並んでNHKの芸能アナウンサーのモデルを作った宮田輝(1921-1990)の評伝です。著者は1989年入局でやはり芸能畑を経験してきた現役NHKアナウンサーです。  ラジオからテレビへの転換期における放送現場の変化を描くことが本筋にあるのだと思いますが、本書の射程は広

マイケル・フレンドリー、ハワード・ウェイナー著『データ視覚化の人類史――グラフの発明から時間と空間の可視化まで』

※2023年1月17日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。  約1万7300年前のラスコー洞窟壁画以来、人類はさまざまな形で情報を図像化して伝えてきました。その中でも「データ視覚化」は、収集したデータをグラフィックな形で示すことで何らかのエビデンスを引き出す点で、壁画や地図とは異なる機能を持ちます。この特徴を踏まえて「データ視覚化」という営みの誕生と発展を跡付けるのが本書です。 データ視覚化を生んだ社会背景 データをグラフに表した

砂原庸介著『領域を超えない民主主義』

※2023年1月8日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。  私たちは地域の住民として、その属する地方政府(自治体)の意思決定に関わり税金を納めています。これは地方自治の大原則です。  一方で、住まいと通勤先とで市町村が異なることがざらにあるように、私たちの生活は領域を超えて営まれます。特に経済成長の源泉である都市という存在を考えたとき、生活経済的なまとまりである都市圏の領域が柔軟に変化していくのに対し、地方政府の領域は簡単には変わ

2022 読書この一年

※2022年12月31日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。  今年の読了冊数は98冊でした。映画熱の高まりにより読書活動は退潮気味で、読む本も仕事に関係のある、雇用、社会保障関係の本に比重が傾きました。 『雇用か賃金か 日本の選択』 あえて今年一番おもしろかった本を挙げるとすれば、首藤若菜著『雇用か賃金か 日本の選択』(筑摩選書、10月発売、11月13日読了)です。生産が縮小した際に、賃金を下げても雇用を維持するか、希望退職等に

ブランコ・ミラノヴィッチ『資本主義だけ残った──世界を制するシステムの未来』

※2022年5月29日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。  冷戦終結によって資本主義が勝利しました、めでたしめでたし。という本では当然ない。高度にグローバル化した21世紀の資本主義は、格差と腐敗を拡大させる特徴があるが、その拡大の構図が同じ資本主義でも、「リベラル能力資本主義」と「政治的資本主義」とで違うという。前者はアメリカ、後者は中国を念頭に置いている。  リベラル能力資本主義の西側で起こっている富裕層への所得集中の特徴は、

宮本太郎『貧困・介護・育児の政治──ベーシックアセットの福祉国家へ』

※2022年2月26日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。  本書を読む前、日本の福祉体制が「扶養義務」を基軸に作られているのではないかという問題意識を持っていた。  例えば所得税の扶養控除は、扶養される家族が所得がないゆえに基礎控除を事実上受けられないので、代わりに扶養義務を負うものの所得から差し引くという立て付けである。しかしこれでは、子どもはただ子どもであることだけではなく、誰か特定の人間に養われるという状態をもって初めて、

2021 読書この一年

※2021年12月31日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。  2021年の年間読了冊数は114冊でした。ことし読んだ本の中から、新刊を中心に印象的なものを振り返っていきます。 労働=働き方は本当に変わるのか、変えるのか 雇用や働き方の多様化が叫ばれる一方、制度や体制の変化は思うようにフレキシブルなものへとはなっていないような感覚があります。まずはそんな時代に読まれる価値のある雇用・労働関連3作をご紹介します。  濱口桂一郎『ジ

善教将大著『大阪の選択──なぜ都構想は再び否決されたのか』

※2021年11月15日にCharlieInTheFogで公開した記事(元リンク)を転載したものです。  恥ずかしながら本書を読み始めて最初に思ったことは、2回目の大阪都構想住民投票からまだたった1年しかたっていなかったのかという驚きだった。かなり当時のことを忘れている。本書を読むにつれて、ああ、確かにそうだったそうだったと思い出すことが多かった。  2019年の大阪府知事・大阪市長出直しクロス選の結果を受けて、公明党が都構想賛成に寝返り、法定協や議会で協定書(制度案)が