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薄明 7

真夜中、漁師の案内で小舟に分乗したサドゥーモの兵隊12人は、小雨の降る中、岬の崖下にわずかにある砂利の上に降り立った。
雨は冷たく、ぶるりと震えると腰の鈴がガランガランと鳴る。
「寒いが、辛抱してくれよ。ここを登って、山の上から裏手の寺院を狙う。」
マリオは鈴の音に負けない大声で叫んだ。
「マリオ様、この鈴は邪魔になります。敵に忍び寄る事も出来ません。」
「そうですよ。我々が目印になり、かえって危険です。」
不満を口々に言う兵隊に、マリオは笑って見せる。
「死人は一人も出さねえよ。足元だけには気をつけろよ。」
そして、崖をよじ登りながら「ついて来い」と手招きした。

「あぁ、ここは暇だなぁ。」
イェットの見張り番の兵隊は、間の抜けたあくびを繰り返しながら呟いた。
屯所として間借りしている寺院は、南側を半島の先の小高い山に守られている。そして、周りは海。敵が攻めて来るとすれば、北にある市街地からしか来られないだろう。つまり、ここはハーナムキヤにある屯所の中で一番安全だった。
なぜこんな場所に屯所を作ったのか。それは、敵に備えるためではなく、麓に住む町人を監督する為だった。
「あぁ、あ。」
見張り番は、大きな伸びをした。
「おや?」
山側の様子がおかしい。
耳をすませてみると、「シャン、シャン」と何かが聞こえる。こんな夜更けに、迷い人だろうか。
「おい、誰か居るのか?」
いや、待て。音はだんだん大きくなる。一人や二人ではない…恐らくは大量の。

「敵襲、敵襲!」
見張り番が真っ青になって怒鳴ると、仲間達がわらわらと出てきた。まだ少し酒の匂いがする。
「敵?どこから来ると言うのだ。」
「山から大勢攻めてきます!いかがなさいますか!」
ジャラン、ジャラン、ジャラン…
こうしている間に、どんどん音ば大きくなっていった。

ガラン、ガラン。
鈴の音は、思ったより大きく山に響いた。
雨に濡れた獣道を、足を滑らせないように慎重に歩く。と、見えてきたのは、斜面に沿って建てられた、寺院の屋根。

ガラン、ガラン。
(どうだ、怖いだろう)
ガラン、ガラン。
(泣け、わめけ、叫べ)
ガラン、ガラン。
(そして、逃げろ、頼むから!)

「屋根瓦に向かって、撃て!」
マリオがありったけの声で叫ぶと、ダン、ダン、という銃声と同時にガシャン、ガシャン、と、瓦の割れる音がつんざいた。
(逃げるのだ!)

「退避、退避、市中へ退避!」
イェットの兵隊たちが、叫びながら飛び出してきた。
「回り込んで、仕留めましょうか。」
「待て、この人数では無理だ。逃げたのを確認してから、建物に入る。」
はやるサドゥーモの兵隊を、マリオは抑えた。
抑えながら、マリオは内心安心していた。

「よし、中に入るぞ。」
人の気配がなくなったのを確認したマリオは、ゆっくりと歩きはじめた。もしかすると手負の者が残っているかもしれないので、慎重に。
雨に濡れた深夜の寺院は、瓦屋根だけがつるりと光り、不気味だった。
物音は…おや、かすかにカタカタと聞こえる。場所は、仏像の裏。
「おい、誰か残っているのか?」
マリオが覗きこむと、「ウワー」と叫ぶ者が一名。イェットの兵隊だったが、足を怪我しているようで、動けない。
「ウワー!ウワー!」
「待て、落ち着け。助けに来たんだ、叫ぶな。」
「嘘をつけ!俺のハラワタを食い散らかすんだろう!」
イェットの兵隊は、そう言って、手近にあった仏具を投げつけた。
「大丈夫だ、落ち着け。サドゥーモの言うことを聞くなら、その足も治してやるから、落ち着け。」
自分達は、何て信用されてないのだろう。
マリオはため息混じりに昔の事を思い出していた。

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