薄明 6

ルフィノは内心イライラしていた。
ハーナムキヤ島が目前に差し掛かったオーダディの町で、長く足止めを食らっていたからだ。
そもそもサドゥーモの連中は、イェットの敗残兵に対しても東北諸国に対しても、甘すぎるのだ。ルフィノたちがセンダードを攻略したのち、ヨネザーウへ向かうと、驚いた事に、国王は隠居、家臣は誰一人処刑されていなかった。
我々の政権を邪魔する連中をどうしてのさばらせておくのだ。そんな事をしているから、奴らは増長して、「ハーナムキヤを寄越せ」などと言い出すのだ。
新政権が早急にまとまらなければ…我々はイギリスかフランスの植民地になってしまうではないか。

ジョシウはかつて広大な土地を持つ、豊かな国だった。しかし、イェットの政府が諸国を統一すると、西の端に追いやられた。それから300年、国王と家臣は辛酸を舐め続けてきた。
ジョシウの面々で、イェットを恨まない者はいない。
そして、イェットが滅亡した時、怒りの矛先はイェットの親族が多く住み、敗残兵に同情的な東北諸国に向いた。
センダードの戦いで、町を焼きながら敗走するセンダードの家臣たちは、滑稽だった。町人を犠牲にし、敗走を重ねた挙句、女や子どもを置いて逃げていった連中。
虐殺や拷問を恐れた女たちは、年寄りや子どもを殺して自分も死んだのだ。

「ルフィノ様、サドゥーモの軍艦が近づいて参ります。間もなくマリオ殿も参られます。」
兵隊が、ルフィノの怒りを察知したのか、なだめるように言う。
実際、軍艦はもうすぐオーダディの港へ着く頃だった。

「遅くなったな。海が思ったより荒れていたのだ。」
マリオは呑気そうに言いながら、久しぶりに会うルフィノを観察していた。
冷静を装って入るが、目が怒っている。浅黒い顔は、怒りのためか少し赤みを帯びていた。そして、恐らくはマリオたちサドゥーモに対して、不信感を持っているだろう。
ルフィノは咳払いをすると、ハーナムキヤ島の地図を開いた。
一見大地が広がっているように見えるが、大半は冬には氷雪に閉ざされる荒地で、実際に人が住めるのは南の端にちょびっとだけ突き出た半島。その中のごく一部に集落があり、イェットの敗残兵もそこに居る。

「ここに漁港があり、少し離れて軍艦が停泊していると思われる。だから、まずはマリオ殿の軍艦で敵艦を破壊し、制海権を奪いたい。」
「おいおい、それは危険だ。」
「では、マリオ殿はいかようにお考えか?」
マリオはじっと地図を見た。何度も一人で見続けた地図だった。
「ここ、半島の先に山があるだろう。山が途切れて岬になっている部分。ここから兵隊を少しずつ入れるのだ。」
ルフィノは、フン、と鼻を鳴らした。
それに構わず、マリオは続ける。
「ルフィノ殿は、反対側の山から、市街地に入ってもらいたい。」
「なるほど、挟み撃ちか。悪くない。しかし、」
ルフィノは大きな目でギョロッとマリオを見た。
「マリオ殿の軍隊は本当に岬から上陸出来るのか?」
自信満々の顔で、マリオは答える。「大丈夫。」
「そうそう、ルフィノ殿。ハーナムキヤは人よりも大きな熊がたくさんいるそうだ。歩兵の腰紐に、大ぶりの鈴をつけるといい。」
そして、マリオは一層機嫌良く笑い、言った。
「熊避けに、な。」

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