見出し画像

薄明 4

「ギョーム様、ご報告がございます。」
執務室の外から威勢の良い声がした。クロードだ。
「どうした、申してみよ。」
「ラファエル海軍奉行様がシオーモ沖より帰還されました。」
「そうか。フィリップを連れて、こちらに通せ。」
「それが…。」
クロードは一瞬声を詰まらせ、彼らしからぬ低い声で言った。
「フィリップは、シオーモで帰りの漁船に乗るところを惨殺されました。」
ギョームは無言で執務室の扉を見つめた。クロードは、今何と言ったのか。
血の気の引く思いで、扉を開ける。
「クロード、もう一度申してみよ。」
クロードは、今度ははっきりと伝えた。
「フィリップは、サドゥーモの連中に殺されました。間者から、報告がありました。」

「だから甘いと私は言ったのだ!」
ラファエルが声を荒げた。
「せっかく軍艦でシオーモまで行ったのだから、センダードに砲撃を加えて、ついでに軍艦甲鉄を奪還すれば良かったのだ。それを、よりによってフィリップ一人をセンダードに遣って…あんな若造に何が出来るんだ。」
軍艦甲鉄は、イェット政府がアメリカに発注していた巨大な軍艦で、ラファエルは喉から手が出るほど欲しがっていたものだ。それが、イェット政府がなくなってしまった今、新政権の手中にある。
「フィリップはセンダードに何しに行ったのだ?」
クロードも口を開いた。可愛がっていたフィリップを亡くし、意気消沈しているのが、側からでも分かった。
「サドゥーモに和平交渉をしようと思い、手紙を託したのだが…失敗だった。」
本当に手痛い失敗だと、ギョームは目を落とした。

思えば、全てが甘かった。
イェット政府の敗残兵を乗せてセンダードを出航し、着いた先はハーナムキヤ。ここを開拓し、敗残兵たちを働かせ、食い扶持を作ってやるつもりだった。
だから、戦闘を極力避け、新政権に再三再四嘆願書を送っていた。
「ハーナムキヤの開拓と海防を、イェットの家臣団にお任せください。」と。
しかし、それが認められることは、結局なかった。
ギョームは、犠牲になったフィリップと、これから犠牲になるであろう数多の敗残兵を思うと、胃がキリキリと痛んだ。

「何とかしてやらねぇとな」
マリオは骨壷を見ながら酒をあおった。
使者が殺された話は、恐らくもうイェットの連中の耳に入っているだろう。頭に来ているに違いない。もし自分が同じ立場であれば、徹底抗戦を主張するかもしれない。
「おい、坊主ならどうする?」
丸っこい爪で壺を軽くはじくと、カツンという音がした。
センダードの町も、一頃に比べて暖かくなり、梅の花が咲いている。
暖かくなれば、西南諸国から「援軍」と称して大規模な軍隊が加勢するだろう。中にはイェット政府に恨みを持つ国もあり、過激な攻撃をしかねない。それだけは避けねばならない。
そう、サドゥーモはかつてはイェット政府と親しく、先代のイェットの王に嫁いだのはサドゥーモの姫君だった。
恨みなんか、ないのだ。ただ、西洋の侵略を防ぐためには、イェット政府の政治はあまりにも情けなかった。
「何とかして、やらねぇと、な。」
マリオはまた酒をゴクリと飲んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?