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薄明 10

クロード隊とルフィノ隊の戦いは熾烈を極めていた。タン、タンと、銃声があちこちで聞こえ、人が倒れる。

クロードは新政権が許せなかった。
クロードはイェット政府の中でも市中の警護を担当する下級役人だった。しかし、西南諸国がイェット政府を裏切り、新政権を名乗り、更にイェットに対して挑発を重ね、とうとう内戦を勃発させたのだ。
中でもサドゥーモは本当に卑怯で、イェット政府の味方のような顔をして、結局最後に裏切ったのだ。

クロードの仲間たちは戦乱で亡くなり、または処刑された。和解のために使いにやったフィリップまでも惨殺し、遺体がどこにあるかすら分からないでいる。おおかた、菰に巻いて海に捨てたに違いない。
「みんな、仇をとってやる。」

クロードは指揮をとり続ける。
「怯むな、かかれ、奴らは数が少ない、勝てる!」

「クロード様!」
その時、呼びかける者があった。ハーナムキヤの市中に忍ばせている間者だ。
「何だ、どうした?」
「半島の山の裏側からサドゥーモから敵襲を受け…見廻組の屯所が陥落しました。」
「そんな馬鹿な!どうやって上陸したというのだ。」
「それが…仔細は分かりませぬが、どうやら大人数で崖をよじ登ったようで。」
クロードは舌打ちしたかった。きっとあの鈴の音に騙されたのだ。自分達と同じように。
「どのくらいやられたのだ。怪我人は?」
「概ね無事でございます。ただ…一名、行方不明になった者がおり、恐らくは命を落として、」
「もう良い!」
クロードはイライラしながら話を打ち切った。こちらで死闘を繰り返している間に、おめおめと逃げる連中。情けない。
「お前は戦況をギョーム様に伝えろ。俺たちは市中に戻る。」
山の中で挟み撃ちに遭えば、自分達の生き残る確率は低くなる。それを避けるには、市中へ戻り、軍を立て直すしか無かった。

マリオは、市中に向かいながらフィリップのことを思い出していた。

「坊主、クロードってやつはおっかなくねえのか?」
「ありませんよ。」鶏肉をつまみながら、フィリップは言う。「センダードで家族がバラバラになり、一人取り残された私を、クロード様は拾ってくださったのです。」
「センダードは、ひどい戦いだったな。」
マリオはグイッと酒を飲んだ。苦い味がした。
「私はクロード様に拾われて、命を長らえました。だから、今度は私がクロード様やイェットのために働くのです。」
フィリップは真っ直ぐに答える。それがマリオには眩しく、そして心が痛かった。
「フィリップ、平和な時代が来たら、お前は何をする?」
すると、フィリップは笑顔でこう答えた。
「ハーナムキヤで、仲間とともに農業をしたいです。そして、生き別れになった家族を呼び寄せ、作物を売って暮らすのです。」

坊主、俺も昔はみかん売りをして暮らしていたのだ。明るい南のサドゥーモで、みかんや芋を作って、親父と同じように河川の普請をして、静かに暮らしたかった。
こんな時代にさえ、生まれていなければ。

「マリオ様、もうすぐハーナムキヤの市中です。」
兵隊がマリオに声をかけた。
「市中に入ったら、町医者を探せ。怪我人を置いていく。」

夜は明け、東の空が薄ら明るくなっていた。雨は、もう止んでいる。

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