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薄明 11

「イェットの敗残兵で、囚われの身となっているアランを、町医者に預ける。」そう言い出したのは、他でもなくマリオだった。
足の動かなくなったアランは、戦いの足手纏いだった。しかし、マリオはこの男をその辺に放置して見殺しにする気にはなれなかった。この臆病者も、平和な時代に生きていたら陽気な飴売りとして、子どもを喜ばせていたに違いない。

「マリオ様、町医者らしき建物がありました。」
兵隊の呼びかけに、マリオはホッとした。
「ありましたが、しかし…。」
「どうした、言ってみろ。」
「サドゥーモの味方であるかどうか、分かりかねます。イェットの目印も見当たらないのですが。」
どれ、とマリオが見てみると、確かにそのみすぼらしい医院は、どちらの政権の味方なのか、全くその外観からは分からなかった。
「なに、一人預かってもらうだけだ。話をつけてこよう。」
マリオは明るく笑って見せた。

「おい、誰か居るか?」
マリオは引き戸をガラガラと開けて、中に向かって叫ぶ。すると「はい、只今。」という女の声が返ってきた。
しばらく待ち、出て来たのは女中のような身なりの妙齢の女だった。
「こんな明け方に済まない。ところでここはイェットの病院か?」
「私どもは、ただの、病院でございます。」
「イェットか、新政権か、どちらなのだ。」
「どちらでもございません。」
マリオは、だんだん腹が立ってきた。急いでルフィノ隊の援護に向かわなくてはならないのに、この女と禅問答紛いの事をしている場合ではないのだ。
「おい、女。医者を呼べ。怪我人がいるのだ。」
「では、私が手当いたしましょう。先生は昼前にはいらっしゃいます。」
この女中は、何を言っているのだ。怪我をした者がいるというのに、下働きの女中に何ができるというのだ。
「お前に出来る事などない。医者を寄越せ。」
「私はナースです。まずはお怪我の手当をさせて頂きます。」
マリオが声を荒げても「ナース」は動じる様子もなく、一歩も引かない。やれやれ。とんだ病院に来てしまったものだ。マリオは深くため息をつく。
「分かった。怪我人を連れてくる。」

アランの銃創はかなり深く、歩けないので、サドゥーモの兵隊に背負われている。止血はしたが、血液をかなり失って、貧血がかなり辛そうだった。
「ナースとやら、本当に何とかなるのか。」
「まずは傷口を洗います。そこへ降ろしてください。」と、ナースは無機質な喋り方で腰掛けを指差し、病院の奥へ道具を取りに行った。
病院は商家を改造したような造りで、恐らく奥の間には怪我人が寝かされているのだろう。
ここはイェットの病院なのか…だとすれば、遅かれ早かれ怪我人諸共焼き払われるのではないか。
いや、そんな事はさせない。
マリオは小さく首を振った。

しばらくすると、ナースは道具箱のようなものを抱えて戻ってきた。
「あとはこちらで処置をします。皆さんはお引き取りください。」
「かたじけない、あとは頼んだ。」
マリオはそう言って、兵隊を連れて外に出た。

早く、一刻も早くこの無駄な戦いをやめさせなければ。そのために出来る事は、何だろうか。
マリオは悩みながら、前に進むしかなかった。ルフィノ隊を助けるために。


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