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薄明 14

マリオ達は、近くの民家から戸板を借りて、怪我人を乗せて運んでいた。
遠くでは、波間に浮かぶ軍艦甲鉄が一部始終を見守っているようだった。
「もうすぐ町医者だからな、しっかりしろよ。」
そう声はかけてみるが、恐らく何人かは命を落とすだろう。
それが、戦だ。
そして、マリオは間違いなく兵隊の子どもとして育ち、それを望む、望まぬに関わらず、命がけで人殺しをする運命を背負っている。
それは、今のマリオにとって辛く苦しい運命で、それを忘れるためにもお酒をいつも飲んでいた。

海沿いの町を歩き続け、行きがけに怪我人のイェット兵アランを預けた病院に着いたのは、昼くらいになっていた。
「おい、サドゥーモのマリオだ。怪我人が出た。手当てをしてくれ。」
ガラガラと戸を開けると、マリオは薄暗い土間から叫んだ。
すると、出てきたのは先刻のナースだった。
「また怪我人でございますか。」ナースは無表情でこたえ、戸板に乗せられた兵隊を一瞥する。
「これは、手術が必要ですね。奥へ運んでください。」こちらです、と手招きしながら、ナースはさらに薄暗い奥の間へと歩いて行った。

マリオ達はついて行き…驚いた。
敵であるイェットの服を着た兵隊たちが、こちらを睨みつけるように見ているのだ。全て、怪我人や病人に思われたが、敵は敵だ。
(これは、厄介な場所に来てしまったな。)
マリオは後悔したが、遅かった。また別の町医者を探して怪我人を運ぶには、怪我の状態が酷すぎるのだ。

「おい、ナースとやら。ここはやはりイェットの病院なのだな」
自分達は、あの不思議な禅問答にまんまと騙された。しかし、怪我人は何とかしなくてはならない。
ナースはマリオをジロリと見ると、そのまま奥へ進み、「先生」と呼んだ。
出てきたのは、年齢が三十くらいの洋装の青年だった。
「先生、ここはイェットの味方か?」
マリオは尋ねた。少し語気が荒くなっていた。
すると、青年は澄ました顔で「私たちは、敵も味方も関係なく治療します。」と言う。
いや、おかしいだろう…と言いかけた所で、青年は被せるように言った。「西欧の流儀です。」

呆気に取られるマリオたちを尻目に、青年とナースは戸板の上の患者を診察台にうつした。
「助けてくれるんだな?」
「勿論です。患者さんは預かります。」
それでもなお訝しげな顔をして動かないマリオ達に、青年は静かに言った。
「治療の邪魔になるので、怪我人ではない方はお引き取りください。」
マリオたちは、引き下がらざるを得なかった。

「そうだ、アランに頼みがある。」
ふと、思いついたように、マリオは言った。「アランをイェットの使者にして、降伏勧告の書状を渡してもらおう。」
アランはこの町医者に足を治してもらっているはずなのだ。足こそ動かないが、町人に頼んでイェットの元まで運んでもらう事ができるかもしれない。
「あの医者が出てくるまで、預けたアランを返してくれるまで、俺は待つ。」

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