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薄明 8

フィリップがイェットの使者としてやってきた時、特別に捌いて出してやった鶏肉を箸でつつきながら、話をしていた。
マリオは上機嫌だった。
「クロードさんは私の恩人で、父のような母のような方なのです。」
そう話すフィリップは、まるで幼い子どものようだった。
「恩人ねぇ。クロードは狼みたいにおっかねえと聞いているがな。」
「そんな事はありません!」
ムキになるフィリップと、笑うマリオ。
「ところで…サドゥーモの兵隊は敵の人肉を食べると聞いたのですが、本当ですか?」
おもむろに尋ねる様子が何だか可笑しく、つい揶揄ってみたくなった。
「ああ、そうさ。食べるのさ。ホラ、こんな風にな。」マリオはそう言って、焼き上がった鶏肉をガブリと頬張って見せた。
「だから、俺の酒と手紙をきちんと届けて、俺にクロードの肉なんか食わせるなよ。」

「マリオ様、この者殺しますか。」
ふと気づくと、イェットの敗残兵はぐったりと気絶し、サドゥーモの兵隊たちが取り囲んでいた。
ズボンからはみ出した足は、赤い血で濡れていた。流れ弾が当たったのだろうか。
「止血をやってやれ。後でこの男から聞きたい事が、たくさんある。」
マリオはそう言うと、この臆病なイェット兵を運び出す準備に取り掛かる。彼は相変わらずだらしなく気を失っていた。

ガラン、ガランという音と共に、敵兵の気配がする。何人の部隊だろうか。イェットのクロードは藪の中に潜みながら、相手のたてる物音を、耳を澄ませて聞いていた。
「クロード様も、お逃げください。敵は相当な軍勢です。残された我々に勝ち目はない。」
共に藪の中まで逃げ込んだ兵隊は、しきりにクロードに退避を求めるが、クロードは無視した。
何かが、おかしいのだ。
この音は恐らく鈴の音だろう。しかし、なかなか敵が姿を現さない。夜襲をかけるなら静かに忍び寄った方が確実に自分達を仕留められるのに、なぜわざわざ鈴なんか鳴らしながら近づいているのだろう…。
「逃げるな!」
クロードは低く声を抑えながら、怯える兵隊たちに言った。
「敵の数は、少ない。敵兵が姿を現したところで攻撃する。」
ガラン、ガランという音が大きくなり…見えた。
雨が降り真っ暗な中を、小さなランプ片手に先頭を行く人物は、昔見た事がある。確かジョシウ国のルフィノか。
「かかれ!」
掛け声と共に、イェットの兵隊が藪の中から鉄砲を撃つ。クロードにとっては、センダードを離れて以来の攻撃だ。
「敵襲だ!」と誰かが叫ぶ声、そして、元来た獣道をそそくさと逃げ帰る人物。「逃げるな、応戦しろ」という怒鳴り声。
(逃すものか)
クロードは号令を出し続けた。
「狼のような顔」をしながら。


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