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薄明 12

クロード隊がジョシウ国のルフィノの小隊からの追跡を逃れながら山を下ると、広がる草原と関門、そして市中が見えてきた。
奉行所へ、ギョームへ急ぎ報告をしなければならない。我々は敵に包囲されつつある。この関門から中に、敵を入れてはいけない。援軍が来るまでは、何としてでも止まらせなければ。
「お前たちはここで追手を狙い撃ちしろ。俺は奉行所へ行く」
クロードはそう叫ぶと、停めてあった馬にひらりと跨る。
走れ、風よりも早く、走れ。
イェットの意地を見せろ。
馬は土煙をあげながら、薄陽のさす荒地を走り抜けていった。

ハーナムキヤの奉行所は、海岸から少し離れた内陸にある。外国船の艦砲射撃が届かない場所で、かつ北方の警備ができる、イェットで唯一の洋式城郭でもある。
城郭の中に奉行所を建てることで、外敵の侵入を防ぐ役割もあった。
ギョームは、この中の執務室にいる。

「この戦い、そう長くは続くまい。」
ギョームは短刀を手にしながら、呟いた。
失業したイェットの家臣に、何とか食い扶持を持たせるために、ハーナムキヤの開拓と北方警備を、再三再四にわたり新政権に願い出ていた。しかし、頼みの綱であったフィリップまでも巻き添えにし、死なせてしまった。ハーナムキヤの南端の屯所も破られた。
あと、自分が出来る事と言えば。

遺書は、書いた。
ハーナムキヤまでついて来てくれた、三千人の命を、私の首と引き換えに守って下さい、と。
あとは、この短刀で喉元を突けば…。

その時、バタンと扉が開いた。
「ギョーム様、何をされておいでですか!」
クロードは渾身の力を込めて、短刀を叩き落とした。手のひらが熱い。短刀で手を切ってしまい、血がポタポタと垂れる。
「今、このような事をされている場合か!我らは命をかけてイェットを守ろうとしている。そんな時に、あなたは…あなたは、何をしておいでだ!」
ギョームは呆然とクロードを見ていた。
クロードは構わず怒鳴り続ける。
「我らは死を覚悟であなたについて来た。センダードが廃墟の町と化して、生きていても行き場などどこにもない。イェットの役人であった、意地だけでここまで生きて来た。それを今更、助命嘆願なんて…やめてくれ。」
朝日が、うっすらとクロードの顔を照らす。クロードは、泣いていた。
「我らは最後まで戦います、たった一人になっても!」
「クロード君、済まない…。」
「俺に五十の兵を下さい。今、関門で必死に戦っている連中がいます。我らは援軍に向かう。この戦い、必ず勝ちます!」

時間が、だいぶ経ったのだろうか、それとも、数分の事だったのだろうか。
ギョームは、重い口を開く。
「分かった。君に兵を預けよう。」絞り出すように、言った。
「だから、必ず生きて戻って来てくれ。」
「ああ、必ずジョシウを撤退させて、戻って来ます。」
この戦い、必ず勝たなくてはならない。
クロードは、光の差す方向へ目をやった。もう、朝になっていた。





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