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薄明 13

マリオ達は、朝日を浴びながら北進を続けていた。ハーナムキヤの町は海沿いにあり、浜辺のずっと向こうには軍艦甲鉄がみえる。

軍艦甲鉄は、かつてイェット政府がアメリカに発注した最新鋭の軍艦だったが、引き渡しの時にイェット政府は消滅して、代わりにサドゥーモ、ジョシウなどの西南諸国が集まって作った新政権が手中に納めた。
それが今、サドゥーモ国のマリオ達を守るように、海に浮いている。

もう、イェットに戦う余力など残っていない。
だから、できればジョシウ国の暴走を止めて、早くこの無益な戦いを終わらせたい。
マリオの、素直な願いだった。

「マリオ様、遠くに何か見えます。」
兵隊が叫んだ方向に目をやると、確かに馬に乗った者一名と、歩兵が五十ほど、小走りで北へ向かっている。
「イェットだ!」
マリオは声を殺した。そのまま行かせてしまえば、自分たちは無傷で済む。しかし、イェット軍が向かう先には…ジョシウの軍隊がいるはずだ。

何とか食い止めなければ。
「撃ち殺しましょう。」
一人の兵隊がそう言うや否や、銃を構える。
「…足元を狙い、撃て。」
幸い市街地は外れていて、巻き添えを食う町人はいない。ここで足止めをしよう。
ダン、ダン、ダン。
銃声が鳴り、火薬の匂いが鼻をつく。
気づいたイェットの兵隊達は、こちらを向き、向かってきた。
「足元だ、足元を打つのだ!」

突然、南西の方角から銃声が聞こえた。
(サドゥーモだ、思ったより早かったな。)
クロードは動揺を隠さない兵隊達に反して、冷静だった。
「サドゥーモの攻撃です、いかがなさいますか!」
「死ぬ気でかかれ!」
クロードはありったけの声で叫んだ。「逃げる者あれば、この場で斬る!」
クロードの率いる歩兵隊は、フランスの軍事技術を学んだエリート達だ。サドゥーモの芋共に負ける訳がない。
「行け!」

ドン、と、敵に撃たれて、サドゥーモの兵隊が倒れる。苦しそうにうめき声をあげ、血が辺りに飛び散る。
「伏せろ、岩陰に隠れろ、撃て!」
マリオは叫びながら、イェット軍の様子を伺った。
敵の数は大体五十くらい。中でも、馬に乗った軍服の男が、刀を振り上げている。
多分、あれが指揮官だ。
あの男を撃ち殺せば、残りの歩兵は蜘蛛の子を散らしたように逃げるに違いない。
(マリオ、お前は、人殺しになる覚悟はあるか?)
真横にいた兵隊が倒れ、肩から血をドクドク流している。
(殺せ、あの男を。)
「おい。」
マリオは、射撃の腕に定評のある兵隊に声をかけた。
「馬に乗っている、あの男が、指揮官だ。…あいつを撃てるか?」
「かしこまりました。」
ダン、と銃声が響いた。

クロードは、声もなく馬上から落ちた。
「クロード様が撃たれたぞ。」
敵の攻撃は止まない。土煙が上がり、視界も悪く、次々と仲間が撃たれていく。
「退避、退避!」
誰かが叫んだ。
兵隊達は、クロードの亡骸をそのままに、散り散りに逃げていった。

「また一人、人を殺したな。」
クロードが倒れ込んでいる場所に、マリオは立ち尽くしていた。
「首を落としましょう。」
「いや、しなくていい。」
マリオは、兵隊を止めた。そして、そっと手を合わせた。
業が深くなったな。
この戦いが終わったら、坊主にでもなるかな。
「怪我人を町医者へ運ぶぞ。」
マリオは、兵隊を担ぎながら声をかけて歩いた。


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