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【創作大賞 恋愛小説部門】 素足でGo! ③

3話『天竺って何県?』


それから一週間後、楓さんにコーヒーを飲みに行こうと誘われた。
会社の最寄り駅の駅ビルで待ち合わせをして、そこでアイスコーヒーを買って、川辺まで歩いた。
 途中いろんな人が楓さんに見とれて、その後、僕を見ていた。
なんであんな奴がこんな美人を連れて歩いているんだという目をしている気がした。
川辺の手すりに手をかけたまま、楓さんはコーヒーをすすった。
「えっとね……、大輔さん」
笑顔でもなく、かといって怒っている訳でもない。
またズズッとコーヒーを飲んだ、よほど言い出しづらいんだろうな。
「あのね……、大輔さんの顔は普通、体格は太め、髪型は普通……」

あれ、何を言い出してるんだろう……、楓さん。

「でも悪くはないの……………まぁ…良くもないけど……」
はぁ…そんなの自分だってそんなことぐらい重々と承知をしている。
僕の外見の評価が、そんな感じのことぐらい。
「性格は……、花江さんとかから良く聞いてるの、すっごくいい人だって……、あと千川係長とかも、大輔大輔は凄い癒されるとか……」

近くでセミがジージーと鳴いている。
楓さんの話し声に被せてきて迷惑だ。
「だからね、私じゃなくてさ、例えばあの経理の子がいるでしょ、メガネをかけている髪の毛がショートボブの背が小さい子、あの子あたりにお誘いをした方がいいと思うよ、彼氏いないらしいし……」
楓さんが話し終わると、またセミがミンミンと鳴き出した。
「そうだ、そうしろよ、大輔!」と賛同するかのように。

あぁ…、なんとなく今日ここに呼ばれた趣旨が分かった。

僕はタイプじゃないけど、幸せになって欲しいんだろうなぁ、優しいな楓さん。
僕も買ってきたアイスコーヒーをズズッと飲んだ。
「はぁぁ、まぁいいです、別に。楓さんじゃなかったら面倒くさいです。休みの日に野球やってスマホでゲームしてた方が楽しいし」
「そんなんじゃ駄目よ! ちゃんと青春しようよ」
と言って僕の腕をバシッと叩いてきた。
なんか、正月に会った親戚のおばさんと同じ事を言うなぁ、楓さん。
偶然にも、叩かれた箇所も同じ。
左側の二の腕部分。

「最近、元気ないでしょ、大輔君。この間も叱られていたし」
まぁ叱られる事なんかはしょっちゅうだし、元気なかったかなぁ、自分では普通と思っていたけど。
 あれっ…大輔さんじゃなく、大輔君に変っている、僕の呼び方。
「あのね、大輔君に問題があるんじゃなくて、私に問題がおおありで……、だから、お付き合いとか無理なの」
黒地に白の花柄で大人っぽく見えるパンツと、ホワイトトップスの服が、浜風になびかれて揺れている。
川辺ということもあり、海風がここまで届いてきて気持ちが良かった。
細長い体なので、ヒールとか、似合うよな楓さん。
「差し支えなければ、どんな問題なのか聞いても大丈夫ですか?」
たぶん、そう言われることを覚悟していたのか、楓さんはスラスラと語りだした。
「自分でもよく分からないんだけど、たぶん、心療内科か精神科……分かんないや、お医者さんに診断されたら、ドドーンと病名を言われて、パキューンと注射を打たれて、モリモリと薬を飲まされるのよ、私は、きっと」
モリモリの時にどんぶり飯をかっ込む仕草をし、パキューンの時は拳銃を撃つ真似をしていた。
おそらく、恥ずかしかったからそんなリアクションをしたのだと思う。
めっちゃ可愛い、可愛いな、楓さん。
楓さんが打つ注射だったら、パキューンと撃たれて構わないし、中身の成分も問わない。

夕日が沈みかけて、辺りが赤く染まっている。
 なんかもう、楓さんとここにいるのが楽しくなってきた。
「楓さん、別に僕、大丈夫です。楓さんの精神がどんなドドーンでも」
「私が嫌だよ、大輔君の楽しい日常を私が脅かすなんて」
だってさぁ…と楓さんは言いながら、ヒールのつま先で少し、タイルをコツっとはじいた。
「千川係長と3ヶ月間一緒に仕事しただけなのに、めっちゃ老けたもん、私のせいで、係長……。本当にごめんって、いっつも思ってたよ」

そうかなぁ……、係長はもともと老け顔だから。
あの顔を他人が謝ったところで、どうにもなんないだろう。
「あっ、でも、ゴールデンウィークの時に、大凧上げに行ったら、なぜか係長もスーツで来てて、頼んでもないのに凧揚げに参加して、泥まみれのズボンのまま電車に乗って帰ってたけど、あれはぜったいに私、悪くない!」
あぁ、千川係長、何かを勘違いして大凧上げに参加したのね。
部下の面倒見の良さが評判通りの人だな。
楓さんと一緒の日常ってなんか楽しそうだな。
前にエレベーターに乗ってた時の話、楽しかったもんな。
タラバカニ逃がしたり、相撲とったり。
そんな毎日、楽しそうじゃないか! ドンと来いだよ!
「さっき言ったじゃないですか、青春しなさいって、僕の青春を楓さん色に真っ黒に染めますんでぇ」
「だから、私が嫌だって!」
食い気味に言われてしまった、結構強い口調で。
今度はタイルをゴツッと踏んだ。
何か感情的になると足が動くタイプなのかな。
でも僕がいいって言っているのだから、いいじゃんか!

「あのですね、楓さん……僕ですね」
 ここで大きく息を吸った。
「どんな女の人でも、納得できる行動力を、オレは持ってるぜ!」
と、言った。
 僕と楓さんの間に、また、海からの熱い風が吹いた。
楓さんの眉毛に被さっている前髪が、少し揺れた。
「なに…それっ……」
楓さんは目を細めてこっちをジトーと見ながら、呟いた。

あれっ……僕はしくじった……のか。

楓さんを口説いているつもりなのに、バカにしていると思われてしまったのかな。
『持ってるぜ!』って格好つけて言う事じゃなかったのかも。
外車やクルーザーを持っているぜ。
僕は、どでかい夢をもっているぜ。
みたいに自分に酔いながら言ってしまった。
ただ単に、パシリ能力が優れている事を、自慢気味に言ってる人なのに。

楓さんは、おでこをゴシゴシとこすりながら、考え事をしている。
 そんな顔も本当に可愛いなぁ。このフィギュアを誰か作ってくれないかなぁ。
トートバッグからスマホを取り出しスクロールして何かを探していた。
「この写真ね、大輔君だから見せるんだけど…」
そう言いながら僕にスマホを手渡してくれた。
 見ると、楓さんが坊主頭で和服を着ていて笑顔でピースをしている写真だった。
「私ね、2年前に離婚したの、それでこうゆう事をしちゃう人なんだよ、気持ち悪いでしょ」
り…離婚…結婚していたんだ………まぁいいや。
楓さんの格好や坊主頭のことよりも、離婚の事でびっくりしていた。

僕が声を出せないまま、画面を見ていると、「スクロールして、もっと見てよ」と言うので1枚1枚めくってみた。
お寺とか、山道の緑道だったり階段だったり、山間部の綺麗な景色の写真だった。
「ここって、何処なんですか?」
「お遍路さんって言って、四国のお寺を88箇所、歩いたの」
「へぇ…」
最初はびっくりしたけど、一枚一枚めくっていったら、同じ格好をしている人たちとけっこう笑っている写真が多くて、楽しそうだった。

「あれっ…この橋、なんかで見たことある!」
僕がそう言うと、どれどれと、僕の顔にぴったりと自分の顔を近づけて、一緒にスマホをのぞき込んだ。
「これは、沈下橋って言って、四万十川に架かっている橋、わざと柵がないのよ」
「なんでですか? 危ないじゃないですか?」
「このへんは、しょっちゅう川が増水したりするから、流木とか土砂が当たると壊れちゃうからよ」
得意着な顔をしながら、説明をしてくれた。

次の写真をスクロールすると、キラキラと光っている水面の真ん中に、柵のないコンクリートの橋が架かっていて、その上を笑顔でバンザイしている楓さんの写真だった。
「最初はちょっと怖かったけど、けっこう開放感があって、よかったよ、その橋」
 僕のすぐ横の楓さんの顔にドギマギとしながら「気持ちよさそうですね」と答えた。
次の写真をスクロールすると、楓さんは笑顔で蕎麦を啜っていた。
「あっ! これっこれっ! 私の生涯のマイベスト蕎麦」
楓さんは親指でグーのポーズをとりながら言った。
ここの蕎麦のコシとダシの独特さを早口にしゃべり始めた。
僕は「そーなんですか」と蕎麦に興味はなかったのだが、せっかく熱く語ってくれていたので、楓さんに相槌を打った。

 その後も、僕がスクロールをすると、
『この崖に眼鏡を落とした人がいたので取りに行った』
とか
『このおばあちゃんと杖でチャンバラごっこした』
と写真にコメントをつけてくれる。
小さい島が夕日に照らされている瀬戸内海の写真の時は、「あぁ…」と言葉を漏らした。
「私は、この景色を見るために生きていたんだなぁって、この時…思ったなぁ」
と感慨深く言った。

修行僧みたいな格好なのに、OLが旅行に行ってインスタに乗せている時のようなコメントを毎回してくれる。

「楓さん、四国の時もこんな感じの夕焼けでしたか?」
自分たちが立っている川っぺりの、その向こうの海辺の景色を見ながら僕は言った。
遠くの沖合にタンカーが横切っており、そのタンカーを真っ二つに割るかのように夕日が半分かかっている。
写真の四国の景色ほどではないが、僕には今見ている景色が綺麗に見えた。
「えっ……」
楓さんの顔が夕日でオレンジ色に照らされている。
それがさらに赤くなって行った。
四国の旅の思い出話を、あまりに夢中になりすぎしまい、何の趣旨で僕に写真を見せていたのか思いだしたのだろう。
外灯と、ちょっとしたイルミネーションの灯りが点灯した。
あれだけうるさかったセミも、すっかり鳴きやんでいる。

「あれっ……やばっ…もうこんな時間!」
そう言って僕の手からスマホをもぎ取り、トートバッグにしまった。
 ずっと笑顔だったのに、急に真顔に変わった。
「ってゆう事で、私とは関わらない方がいいです、誰か素敵な女性を探してください」
僕は、きっぱりと交際を断られた。
楓さんは、さぁ帰ろうとトートバッグを肩にかけて歩き出した。

あれっこれで終わり…。
これで終わりなの?

違うぞ! 僕は立ち止まったまま、
「ちょっと待ってくださいよ、楓さん!」
と、大きい声で言った。
離婚して辛かったんだろ、それで大変な旅に出たんだろろうか。
だったら……僕だったら、絶対に楓さんを受け止められるはずだ。

何かを伝えるんだ! 何かを!

「もう一度、さっきの写真を僕に見せてください」
坊主頭の写真は自分にとって黒歴史だと思っているかも知れないけど、そんな写真だって可愛いよ。
楓さんは立ち止まり、こっちを見ている。
「最初の写真です、早く!」
ためらっている楓さんを煽った。

僕は真剣な目をしているはずだ。

楓さんはトートバックから再びスマホを取り出し、スクロールした。
そして、「この人は今から何を言い出すんだろう」とおっかなびっくりしながら、僕に手渡した。
何かを……、何かを言うんだ!
このまま、はい分かりましたじゃ、駄目だ。
彼女に、何かを伝えるんだ。
「ほらっ、ほらぁ! ………楓さんの頭蓋骨、めっちゃキュートやん!」
「はあぁぁ⁉」
あれっ………また…しくじったのか! 僕!
楓さんの頭の輪郭を褒めたかったのだが…………。
あと、なんでここでエセ関西弁を使うんだ、うさんくさくなるだけじゃんか。 
気持ちを伝えたいだけなのに、僕の口から出てくる言葉は、こんなのばかりだよ。
なんなんだよ、大輔。
いくら高性能のアイフォンでも、骨までは見えないだろうに。
楓さんをみると、また、おでこをゴショゴショと猛烈にこすっている。
さては、考え事をする時のクセだな、一休さんみたいで可愛いな。

「さっき行動力があるって言ったよね」
「はい、言いました」
「それじゃあ、天竺(てんじく)に行って、竜の首についている5色の真珠をとってきてよ」
「分かりました」
僕はポケットからメモ用紙を取り出し、「天竺って何県でしたっけ?」と聞いた。
「ごめん、冗談だってば…………竹取物語だよ」
ふぅ…と楓さんは息を吐いた。
なんだ冗談か、ドラクエのお使いっぽいなとは思ったが。
なんか僕は楓さんを困らせているなぁ。
しつこいって思われているよな。
でも、楓さんと一緒にいると楽しいから、つい……。
「フルマラソン走ってよ」
体重が90キロある僕の身体を見ながら言った。
「今からですか?」
僕は今すぐに何処かへと、走り出すポーズをした。
「いや……今からじゃなくて、どっかの大会に出てよ」
「分かりました、フルマラソンですね、それで僕の行動力を認めるんですね」
そう言って僕は、約束ですよという感じで小指を差し出した。
楓さんは僕の小指を見ている。
「フルマラソンを走る事によって、楓さんを受け止めれる男だって事を、認めるんですよね」
僕は、念を押した。
楓さんは、差し出された小指を、躊躇っている。
困らせているのは分かってはいたが、そうでもしないと、また、他の女性を口説いて下さいとか言われそうな気がしていた。
楓さんは仕方なさそうに、僕の小指に自分の小指をそっと引っ掛けてくれた。
イカソーメンみたいな小指だなぁ……。
細くて透き通った小指が、僕の太くて焼け焦げた指と絡んでいるのを見ていたら、ふっとそう思った。
小指の関節部分が温かい。
指一本を絡めれるだけで、こんなにも幸せな気持ちになれるなんて。

世界の時間よ、今すぐ止まれ! 僕の都合で!

「ゆーびきーりげんまん」
楓さんが口ずさんだ。
いつまでも僕が指を離そうとしないので、キリがないと思ったからだろう。
「嘘ついたぁらー」
あぁん、可愛い歌声。録音したかった。
「スタバのコーヒー、おーごる」
「えっ! 罪、軽くないっすか!」
楓さんは舌をペロッと出した。テヘペロだぁ! 
有難う、ご馳走様です!
いつまでも名残惜しそうに小指を離そうとしない僕に、
「4時間以内で!」
と言って手を地面に叩きつけるようにして振り、指きりを強引に終わらされた。
不意をつかれた僕の肩が少し外れそうになった。
「今、何て言いました?」
「4時間以内、フルマラソンのタイム…………さぁ、帰ろう」
歩き出した楓さんの後ろについて行く。
「分かりました」
楓さんは僕が飲み終わったコーヒーのケースを受け取り、ゴミ箱に自分の分と一緒に捨てた。
「すいません、フルマラソン4時間以内って、世界記録じゃなかったでしたっけ?」
僕の質問に、「違うよ!」と真顔で言われてしまった。



 発泡酒のプルタブを開け、流し台に落とし込む。
1本ずつやっていてもキリがないので、両手で2本ずつやることにした。
先週、24個入りケースを5ケースも買ってしまった。
 田舎の母親が、この発泡酒の粗品のペア皿のファンで、缶についているシールを集めていたのを知っていたので、親孝行のつもりで実家に送る為に買い溜めしてしまった。
 シュワシュワという泡立ちの音を聞くだけで、喉が渇いてくる。

発泡酒が空になったので、潰してごみ袋に入れた。
カランと甲高い音が、20㎡のアパートに響いた。

アパートに帰る途中にスポーツショップに立ち寄った。
どのシューズとウェアにしようか悩んでいたら、店員さんが声をかけてくれた。
「フルマラソンのタイムを4時間切りたくて」
ムチムチ体系の僕が言ったのに、失笑もせず、真剣な目つきで「サブフォーですね」と答えてくれた。
どうやら、フルマラソンを4時間切る事を『サブフォー』というらしい。
そんな専門用語があったんだ。
 フルマラソンを完走した事がある人が次に目指す記録らしい。
シューズとウェアを試着させてもらった時に、店員さんが教えてくれた。
一度も歩かないで、最後まで走りきると、サブフォーになります、と。
もしかしたら、楓さんも知っていたのかも、サブフォー。
「ちょっと走ってみましょう」
と言われたので、僕は店内をドタドタと走ってみた。
ウェアと靴の履き心地を調べる為に走ったのだが、店員さんの何かの心が刺激されたらしく、
「もっと腕を振って!」
とか
「腿を上げて!」
とか僕のフォームを直し始めた。
近くで、水着を選んでいたカップルにクスクスと笑われた。
でも、何往復か店内の通路を走っているうちに、自分でもしっくりくるフォームになっているような気もしてきた。
けど、今の僕にとって、走るどころか5キロ歩くだけでも難しいのに。

 なんか、賽の河原をやっているような気分になってきた。

またプルタブを開け、シュワシュワと流し込む。
 毎日ビール缶350㎖を3本で1リットルも飲んでいた。
自他共に認めるほどの依存性。
1本でも家に残しておくと、飲みたくなってしまうので、捨ててしまうことにした。
 ひとつ捨てては、楓さんの…。
 ふたつ捨てても、楓さんの…。
空になった缶をゴミ袋に入れた。
さっき、この指が楓さんの小指と…。
しげしげと自分の小指を見つめる。
楓さんに、田中大輔の行動力がある所を実証してみせてやる。
 トレーニングがきつくなったら、この指を見つめて、凌(しの)ぐことにしよう。
頑張ろう。


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