見出し画像

【創作大賞 お仕事小説小説部門】  コンプラ破壊女王 ①

あらすじ

容姿端麗な田中楓さんと言う女性が中途採用で入社してきた。
普段は真面目で涼やかな人。
だけど何かのスイッチが入ると突拍子もない事ばかりする。
タラバガニを逃がしたり、鳥になったダンスをしたり、ロケットペンシルを飛ばす遊びをしたり、はたまたや相撲を取ったり……。
普通なら怒られるような事なのに、何故だか相手に気に入られてばかり。
天然なのか、作為的なのかわからず、上司の千川係長は彼女に振り回され続ける毎日を過ごす。
そんなある日、彼女の過去を自分からポツポツと話はじめるのだが、それが余計に混迷するだけだった。



1話 『国を亡ぼすほどの顔?』

 バカな部下が次々と総務部へと向かっていく。
クジャクが羽を広げるような求愛行動をとりに行く。
 どこぞの珍しいお菓子とか、有名なパティシエのスイーツを持ってくる献上タイプは、どうやら好まれているらしい。
けど、ホールケーキは評判悪いとのこと。
ご贈答にインパクトをつけたかったのだろうが、切り分けるのが面倒くさいそうだ。
手軽にサクッと食べられるのを持ってきてほしいそうです。

 喫煙所で総務部の女の子達が教えてくれました。

「楓さん、今日、別に誕生日でもないの・に・」
「ねぇ…」ともう一人の総務部の女の子と声をそろえて言っている。
 楓さんの机の横に、うちの会社のいろんな部署の独身男性からの貢物が積み上げられているらしい。

「ほらっこれ見て下さいよ、千川係長」
総務部の女性のポケットからミニサイズのサラダ油が出てきた。
「あなたの部下のなんとかさんが楓さんにあげてました」
と教えてくれた。

手にサラダ油セットを持って総務部に入ってきて、お辞儀をしながら、ちゃんと両腕で楓さんに「つまらないものですが…」と手渡したそうだ。
「本当につまんないっすよ、サラダ油セット」
眉間にシワを寄せながら、電子たばこの煙をスパーと出しながら総務部の子が言った。

よっぽど迷惑をかけているんだな、総務部に。 
オスのクジャクが自分の羽をバッサバッサと楓さんに向けて広げてくる。
その横で仕事をしている他の女性の総務部の人たちに、羽毛がワサワサと当たる日々が続いて、シンドくなってきているようだ。
そのサラダ油セットを楓さんが持って帰るのが大変そうだったので、総務部の皆で分けた。

「『のし』の所にLINEのアドレスらしき物が書いてあったんですけど、バリバリって包装紙と一緒に引きちぎってゴミ箱に勝手に捨てたんですけど、別にいいですよねぇ?」
普段の営業回りも、そんぐらい熱心にやってくれたらなぁ…とか思いながら、「それでいいです」と答えた。

「私は、キャノーラ油400グラムなんですよ」
ともう一人の総務部の子も、自分のポケットからサラダ油をみせてくれた。
一番遠い席にいたので、投げてもらったそうだ。
サッカーのハーフタイムの時にスポーツドリンクを振舞うマネージャーのように。
「そのまま開けて飲んでやろうかと思いましたよ!」
ぎゅうぎゅう詰めの喫煙室の中で、3人でケラケラと笑った。
そろそろ、カルピス詰め合わせセットを持ってくる人、来るだろうなぁ。
とか言っている。
贈答品のほとんどを総務部の皆で山分けしているらしい。

 
やっかいなのは、一発芸タイプらしいです。
「OSが壊れたよ、エスオーエェス(SOS)!」
とか楓さんに言って来た人に、普通に
「破損報告書を持ってきてください」
とか、そばにいたおばさんが言い返えされたらしい。
ソイツのせいでお弁当の塩シャケがいつもよりしょっぱく感じたわっとか言っている。 

 あと「手品を披露してきた人もいたのよね」とか言われたので、「あっ! ごめん、それ向かいの席に座っている部下だ」と謝った。
 

「ほらっ係長、見ててくださいよ」
赤いハンカチをヒラヒラとなびかせてきた。忙しかったのに…。
スペインの闘牛士のようなドヤ顔と、人を誘い込むような赤いハンカチの動きに、戦う牛でない僕ですら、苛ついていた。
「なに?」と少し怒り気味に僕が言った。
何食わぬ不敵な笑みを浮かべながら、部下はそのハンカチを左手のグーの中にグイグイと押し込み、そしてパッと拳を開いて見せて、一瞬にして消した。
「おぉ! お前! 凄いぞ! どぅやった!」
僕は本気でびっくりした。
今しがたあったハンカチを一瞬にして、跡形もなく、これってプロがやるレベルだぞ。
ちょっと心臓が高鳴っている僕に、
「フフン、係長……、これで楓さんの胸をキュンキュンさせてきますよ」
と言って立ち上がり、意気揚々と総務部へと立ち去っていった。

結果は散々だった。
胸ポケットからブランド物のハンカチを取り出した瞬間に、
「あっ! それっ親指に偽物のゴムの指がついてるやつじゃん! ドンキホーテの手品のコーナーで売ってたよ」
と楓さんの隣の席の子に手品の種明かしをあっさり言われたそうだ。
「台無しじゃねぇか!」
と親指からゴムの偽親指を引っこ抜いて、机の上に投げつけて総務部から立ち去ったらしい。

「どうせやるなら胸ポケットからハトを100羽くらい出してみなさいって、話よ……」
「そうよ、目薬のCMみたいにハトがフロアの天井を、クルックークルックーと旋回すれば、楓さんの気持ちも少しはなびいたかもね!」
ケラケラと笑いながら電子タバコを消し、二人は喫煙所から出て行った。
連日、浮足立っている総務部へと向かう。
先週、入社した楓さんのせいで。


楓さんの出勤の初日の日、総務部に中途採用で入った人が美人と聞きつけ、拝見した部下が、
「楊貴妃ぃ、クレオパトラァ、そして田中楓さんだぁ!」
とか興奮気味に言ってきた。
 あまりにも幼稚な表現に営業部が爆笑に包まれた。
恥をかいた部下は、
「いやいやいや…あれはヤバイっすよ、あの顔は国をひとつ滅ぼす力がありますって、マジで」
と言ったので、まだ見に行っていない者が立ち上がり、ゾロゾロと営業部を出て行った。
部長までも。

僕も気になってはいたが、納期がギリギリの見積書を終わらせなければならないので、その見学ツアーには参加しなかった。
しばらく経ったら、みんなが笑顔で戻ってきて、可愛かったぁ、癒されたぁ、と口々に言っていた。

田中さんがパソコンを打っている横顔を、総務部の窓ガラスからまんじりと雁首(がんくび)そろえてみていたらしい。
そして、コピー機に向かって席を立ったりしただけで「おぉ!」とか歓声を上げていたらしい。
総務部の主任に叱られて、虫のように追いはらわれた、とのこと。
部長までも。
それを聞いて、「パンダかよっ」と心の中で突っ込んだ。

それからずっと田中楓さんの顔が気になっていた。
『顔で国を滅ぼせれる人』
どんな顔なんだろう――

普通の会社だったのに……。

極々、普通のゼネコンの下請け会社だったのに。
みんな、普通に働いていたのに……。
総務部の……新入社員の人の顔が、雰囲気をおかしくしてしまった。
どんな顔なんだろう……。

1か月ぐらい経っても、田中楓さんの顔をまだ見ていない。
凄く、気になっていたのだが、怖くて見ないようにしていた。
なんか取り憑かれそうな気がするからだ。
「そんなに気になっているんだったら、見に行きゃいいじゃん」
と奥さんに言われた。
「けど、妻子持ちの僕まで、何か貢物をする人になるかもしんないし」
と言い返したら、鼻でフッと笑われた。

3か月経ったら、もっと気になってきた。
たぶん、メドゥーサみたいな人なんだろうな、見たら石にされてしまう。
なるべく総務部の近くを通らないようにしていた。
どうしても近くを通る時は、目を瞑って歩いたりもしていた。
こんなに人の顔が怖くなったのは初めてだ。



4月から新年度になり、テレビ局のアナウンサーみたいな人が総務部に入ってきた。
会社の制服ではなく、スーツを着ていたのでどこかの会社の営業で来ている人かと思った。
「本日より、総務部から人事異動で営業部に配属されました、田中楓と申します。一所懸命に頑張ります」
 田中楓さんが挨拶を終わると、表彰台に乗ってトロフィーを掲げている勝利者を称えるような拍手喝采が鳴り響いた。
「コングラッチュレーション」と、口に指を突っ込んでピーピー吹いている人もいる。
ちょっと泣いている奴までいる。
朝からテンション高ぇな、うちの会社。
けど、僕だけがみんなと違うリアクションだった。
田中さんの挨拶を聞いて、驚愕していた。

普通じゃねぇかあ!
 
普通の人間の顔をしていた
目が左右対称に二つ有り、その中央の下に鼻があって、その下におちょぼ口がある。
それらを覆うように輪郭があり、右と左に一個ずつ耳もあって、その顔のてっぺんには髪の毛が生えていた。
 確かに美人なのだが、みんながあまりに楓さんの顔を見ただけで理性を無くすので、もっと異次元の顔立ちをしているのかと思っていた。
パンドラの箱を開けてしまったら、ピカソが描くような顔が飛び出してくるような…。
 田中さんは、ミスユニバース地球代表で、火星人とタメを張れる、そんな顔を想像していた。
誇張しすぎなんだよ、営業部のみんなは、まったく。
ビビって三か月間も総務部にあまり近づかないようにしていたよ。
うっかり田中楓さんの顔を見たら最後、目から放たれたビームを浴び、僕の脳ミソの中枢神経とかがやられ、
「エグザイルをみんなでやろうぜ!」
とか突然に言い出しかねないか心配をしていたよ。
僕が先頭になってユラユラと踊りだし、そのあとに冴えない顔のサラリーマンが次からつぎへと総務部に飛び出してきたら、さぞかし迷惑をかけただろうな。

あのダンス、密かに憧れているし。

あそこの主任、すげぇ怖い人だし。

「田中さんは総務部にやってくるクレーマーを、次から次へと笑顔で帰って頂ける魔法をもっているそうです。そこを買われて今年度より営業でそのスキルを生かして貰うことになりました」
部長がニコニコとした顔で言っていた。

可愛いからだろ? 
顔が整っているからなんだろ? 
なんだよ魔法って。

『あたし…超可愛い、めっちゃ可愛い、だから機嫌直して、にゃ~ん』
と甘えた声で言うんだろ。
そんでもって手を頭のてっぺんに持っていって猫の耳みたいにピコピコと動かして、おじさん達をメロメロにたぶらかすんだろ。

知っているよ、こっちは。

はいはい、良ござんすね、親に感謝しなさいってんだ。
 僕なんか中学の時に『焦げたじゃがいも』とあだ名をつけられ、大学の時は『茹でたじゃがいも』になり、新婚時代の妻には『可愛いじゃがいも』と呼んでくれていたのに、今じゃ『只のじゃがいも』だよ。

 こんな顔でも、大荒れの日本経済の荒波をもみくちゃにされながらなんとかサラリーマンをやっているんだ。
3歳の娘と、二人目を身重の妻と、フラット35の住宅ローンを抱えて立ち向かっているんだ。
 コンプレックスを感じた事がない子に、過酷な営業職が務まる訳がないんだよ、ったく。
「田中さんは、しばらく千川係長の下で働きなさい。彼は今、何ヶ月もトップセールスをあげているから、良い勉強になるよ」

えっ…。

部下たちが一斉に僕を見た。
田中楓さんがツカツカと僕に歩み寄り、よろしくお願いいたします、と頭を下げた。
美少女の転校生を、学級委員が学校の校内を案内するように言われたみたいだな。
「どうぞ、よろしく」
ちょっと格好良い口調で言ってみた。
楓さんは、緊張した面持ち(おももち)から笑顔に変え、軽く会釈をしてくれた。

真正面で向かい合いながら、ただたんに普通に可愛いお嬢さんだなと思った。
メドューサに祟られるとか、僕の心の中で陰口を言いまくっていた事が、申し訳なくなってきた。

独身の部下たちが僕を睨んでいる。

嫉妬の炎をメラメラと燃やした目つきで、僕を睨んでいる。






あとがき
ある日、会社から自宅に封筒が届きました。
開けると社内の『コンプライアンス委員会』なる組織からだった。
表彰状とか卒業証書並みに紙質が分厚かったので、なんか褒めてくれるのかと思った。
内容は、
僕が何々をした違反から、金十万円を給料から天引くうんぬんと書いてあった。
一通り読み終わった後、紙を真っ二つに引き裂きました。
紙質が良かったので、大変に良い音がした。
腹が立ったので『コンプライアンス委員会』のメンバーを調べたら、なんて事はない、単なるうちの会社の経営者で組織されていた。
だったら、直に上から言えばいいじゃんか!
ちゃんと、第三者視点で見てますから! 的な態度。

俺たちが法律。
俺たちが倫理。
俺たちが法律じゃあ!
って事なんだろう。

あーあ……どこかに『コンプライアンス委員会』に盾突くスーパーヒーロー現れないかな、とか思っていた。
委員会の人たちが、「コンプラ、コンプラ」言っててごめんなさいと、謝ってくれるような人。
そんな事を悶々と日々を過ごしていたら、この小説『コンプラ破壊女王』を書いていました。
書いていたら楽しくなってきてしまい、金十万払わされた怒りも浄化されました。
気が澄みました


この小説は、元々、『素足でGO!』という話の1話と2話の間の話でした。訳あって、2つに分けました。良かったら、そっちも。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?