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蚊 vol.8

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※同じイラストを2枚続けてごめんなさい。

なんか、やり方が分かんない。


何も考えずに水辺のそばに寝床を作ってしまった夜、テントの中でランタンを使っていたらうっかり穴を開けてしまい、そこからワンサカと蚊が入ってくるようになってしまった。
殺しても、殺してもキリがなく、面倒くさいしもう眠いからいいやと、フリードリンク制にしてまった。
ご自由にお飲みください、といわんばかりに身体を蚊に差し出す。
蚊もそれに気づき、お友達をたくさん呼んできた。


今俺……、同時に三か所吸われているなぁ……。


3匹ぐらいが「カンパーイ」とか言いながらジョッキをカチンとならし、僕の皮膚にくちばしをぶっ刺している。なんか楽しそう。
首筋でたらふく飲んだヤツが、ブーンと飛び立ったので、もう家に帰るのかな、と思っていたら「もう一軒ん!」と膝小僧あたりにハシゴ酒をしている。
右の太ももあたりにワンサカといるのは、たぶん、合コンでもしているのだろうか……。
落語の頭山ってたしかこんな感じの話だったような気がする。
右の太ももをバチンと叩いた。
ビシャっという擬音で、たっぷり殺れたと思う。合コンをお開きにしてやった。
その中に下駄で来ている蚊がいたら、そいつだけは逃がしてやりたかったな……。


耳元の羽音がうるさくて眠れない。


「うぅ~ん」ではなく「うううぅ~ん」と何十匹も羽ばたいている。
四重奏どころではない。
大みそかの第九レベル。
たぶん、蚊界の小澤征爾みたいな奴が指揮をとっているに違いない。
気持ちよさそうに、棒を振っているのだろうな。

おお、友よ、このような響きではない!
もっと心地よい歌を、
もっと歓びにあふれた歌を、
歓喜に満ちた調べを、このテントの中で、
歌おうではないかぁぁぁ!

「うるせぇぇぇぇ!」
僕はテントの中で蚊に向かって叫んだ。
「今、何時だと思っていやがんだ! 人んちで『歓喜の歌』なんか大人数で歌いやがってぇ!」
懐中電灯をパッと着けた。
なんとびっくり、交尾をしているやつがいる。
宴会するだけじゃなく、スーパーコンパニオンまで呼びやがってぇ! 

み・な・ご・ろ・し!


僕は血に飢えた悪鬼羅刹になった。
蚊にとっては、このテントの中が魑魅魍魎が跋扈しているようにみえている事だろう。
(さてはお前……凄そうな漢字を並べているだけだな、高卒のくせに……※47歳の靖生)
殺って、殺って、殺りまくって……。
僕が手をパンと叩くたびに、命の灯が消えていく。
フラメンコのようにリズムよく手を叩くと、シンバルのように血が飛び散る音がする。
畳み一畳分の一人用テントの中が、阿鼻叫喚な地獄絵図に変わった。
「はぁ…はぁ…はぁ………、ざまぁ見やがれってんだ……」
息を乱しながら、懐中電灯を揺らす。
あれほどワンサカいた蚊が、一匹も見当たらなくなった。
「はぁ…はぁ………ふ・ふふふふ………あははは…」
自分の手と、テントの中が血だらけだった。
それを見ていたら、なぜだか笑いが込み上げてきた。
「はーははは!」
笑っている意味は、達成感からか、それとも罪悪感からなか、分からない。
顔を天井に向け、高らかに笑った。
……………すげぇ笑っている所、悪いんけど、靖生君。
その血、全部、君のだよ。

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