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よっちゃん

●田舎の日本家屋。広い仏間での法事の後の宴の席
ワイワイする大人たちの中に、ポツンとするセーラー服の美夏。
おじさんA「いやー、美夏ちゃんももう中一か!」
おばさん「ほんとにねー。しかも東京のお嬢様学校に通ってんでしょ?憧れるわ~」
おじさんB「立派なもんだ!なあ?」
美夏は愛想笑いをすると、体育座りをする。

●美夏の心情空間
ガヤガヤする人影が黒く陽炎のように揺らめく。
同級生A「ゴールデンウィークに軽井沢の別荘で静養して…」
同級生B「私はマルタに行ってきたわ。美夏さんは?」
同級生A「ディズニーランド?それも電車で!?お車、持ってらっしゃらないの?」
同級生B「ちょっと!ねえ、美夏さんに悪いわよ…」
同級生C「ねえ!何のお話?それより、週末に青山にスイーツ食べに行きましょ!美夏さんは…」
黒い影に囲まれる美夏。ガヤガヤという音が多くなっていき、何も聞こえなくなる。目と耳を閉じる美夏。

●田舎の仏間
母「美夏!美夏!」
美夏「あ、ママ…」
母「何してるの?ボーッとして。もっと愛想良くしてよ」
美夏「ゴメン…」
母「(小声で)それよりあんた、変なこと言わないでよね」
美夏「変なことって?」
母「(小声で)色々よ!不登校なんて、恥ずかしいこと知られたら、お母さん、ここに帰ってこれなくなっちゃうじゃない!」
美夏「…わかってるよ!」
美夏、立ち上がる。
母「ちょっと、どこ行くの!?」
美夏「外の空気、吸ってくる」
母「すぐ戻ってよ!もう」
美夏、こっそり家を出て歩き出す。だんだん歩みが速くなり、走り出す。

●夕方の小川。橋の上
美夏、手すりに頬杖をつき、川をボンヤリ見つめる。
よっちゃん「夕日に染まって、きれいよね!」
美夏「え!?」
美夏、驚いて後ろを向くと、長い黒髪、白いブラウスに紺のスカートの、同い年位の少女が微笑んでいた。美夏に顔が瓜二つ。
よっちゃん「私は'よっちゃん'。あなたは?」
美夏「美夏…」
よっちゃん「美夏ちゃんね。どうして浮かない顔してるの?こんなきれいなところで…」
美夏「みんながうるさくて…」
よっちゃん「うるさいって?」
美夏「上手く言えないけど、みんなうっとうしいっていうか、邪魔っていうか、うざったいっていうか…」
よっちゃん「ちょっとわかるな…。でも羨ましいかも」
美夏「え?」
よっちゃん、手すりに手をかけて、たそがれる。
よっちゃん「みんなは美夏ちゃんのこと、嫌いじゃないんでしょ?」
美夏「まあ、そうなのかなあ…?」
よっちゃん「じゃあ、いいじゃない。私は嫌われ者だもの…」
実夏「あんた…、じゃなくてよっちゃんみたいな、明るくてかわいい娘が、何で…?」
よっちゃん「だからよ!」
美夏「え…?」
よっちゃん「ねえ!すっきりしたくない?この川に飛び込もうよ」
美香「へっ!?」
よっちゃん「(少し悲しげに)ここ、夏は子供たちの飛び込み遊びの名所なの…。ちょっとまだ早いけど、ねえ!」
美夏「ちょっ、でも、こわいよ…」
よっちゃん手すりによじ登り、立つ。
美夏「ちょっと!よっちゃん!」
よっちゃん「二人なら大丈夫!(手を差し出して)ねえ!」
美夏「(手をとって)う、うん…」
二人、手を繋ぎ、手すりに立つ。
よっちゃん「…じゃあ、いくよ…」
美夏「う、うん…!」
二人で一緒に、深呼吸する。
美夏「…じゃ、行くよっ!よっちゃん!」
よっちゃん「…美夏ちゃん…、ありがとね…」
美夏「え?」
よっちゃん、美夏の手をとり、いきなり飛び込む。落ちる二人。水面直前で、よっちゃんの姿が消える。
美夏「よっちゃっ!」
美夏、川に落ちて、頭まで沈む。浮かんできて。立ち泳ぎする。
美夏「よっちゃーん!よっちゃーん…!」

●田舎の家の玄関
戸を開けるびしょ濡れの美香。驚く祖母。
祖母「あら、美夏ちゃん、どこ行ってたの!?こんな格好になって…。お母さんは、疲れて寝ちゃったわよ」
美夏「おばあちゃん!119番して!女の子が川に飛び込んだけど、消えちゃったの!よっちゃんっていう、黒髪ロングで、白のブラウスで、紺のスカートの…」
祖母「(目をまん丸にして)…よっちゃん…!?」
美夏「おばあちゃん…?」

●祖母の部屋
私服に着替えた美夏に、祖母がアルバムを見せる。
祖母「…この娘でしょ?」
祖母が指差したセピア色の家族写真の中に、よっちゃんがうかない笑顔で写っている。
美夏「…うん」
祖母が紙に'美子'と書く。
祖母「これで'よしこ'って読んでね。だからよっちゃんだったのよ。二つ下の妹。小五だった」
美夏「おばあちゃんの妹…?」
祖母「そう。美夏ちゃんに似てね、かわいい娘だった。でもこの辺じゃ、それが目立ちすぎたの…」
美夏「…いじめられてたの?」
祖母「そうなの。女の子からは疎まれてね。年のわりに背も高かったのもあって、男の子からはデカイデカイって…」
美夏「それで…?」
祖母「昔はこの辺にも空襲が来てね…。あの日は学校の時間だったけど、よっちゃんの小学校に爆弾が落ちてね。よっちゃんは大きいから、背の順で最後でしょ。だから逃げ遅れて、背中から火がついちゃったんだけど、誰も助けてくれなかったそうなの…」
美夏「ひどい…」
祖母「火だるまになったよっちゃんは、あの川に飛び込んだの…。でも私が中学校から駆けつけたときには、もう手遅れだった。川が夕焼けみたいに血で赤く染まってた…」
美夏「そんな…」
祖母「きっと寂しかったのね…。最期まで一人ぼっちで。美夏ちゃん、一緒に遊んであげて、ありがとうね…」
美香「よっちゃん…」
蝉が鳴き出し、段々音が大きくなる。祖母の部屋の窓から、段々フェードアウトしていって、真っ暗になる。

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#怪談

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