『やって後悔する』選択をする自分に

デイサービスで働くようになり、
いろいろと考えるようになったし、
気付くようにもなりました。

私は昔から、流されるままに生きてきたように感じています。
だれかの言葉に流されて、だれかの意見に乗っかって
何をするにも意思があまりないような…

どんなに『変わりたい』と思っていても、そうそう人は変われないもので…
まだまだ生み出すことが苦手で、いろんな方からいただいた
アドバイスで日々生きていられると感じています。

…打破していけるように頑張ります🔥

でも、介護の仕事に携わるようになり、
「死」ということを考えるようになりました。
普段何も自分から考えないと言っていた人が
急にそこかい!と思う方、ごもっともです!笑

今まで、親族の葬儀や法事に行くこともありましたが、
何年かに一度の事です。
祖母の時も、伯母の時もたくさん泣きました。

デイサービスのおじいちゃん、おばあちゃんとの別れは
親族と比べたら、そりゃあかなり多く、
私の場合はコロナ禍を迎えたころに働き始め、
最初の別れは私の勤めるデイサービスでのクラスターという、
かなり珍しいタイミングでした。

「この前まで元気だったのに」
「私のうた聞いてもらいたかった」
とか後悔ばかり。
親族でもなければ、友達でも何でもない、
葬儀に行ってちゃんとお別れもできないし、
申し送りでその事実を告げられるだけです。

入院後、施設入所など、
お亡くなりになったわけではなくとも、
もう会えない、ことがたくさん増えていきました。

今までは、日々「また明日」と職場や学校で別れても
もう一生会えなくなる、なんて考えもしませんでした。
だから、毎日の中でできる限り後悔のないように
おじいちゃん、おばあちゃんと接するように意識しています。
意識していたはずでした。

そんなとき、近しい人が先日急に亡くなりました。

すごくシャイで、自分からは連絡してこなかったり、
会えなくなってしまうと思っていなかったから
私から連絡することもなかったのです。

どう考えても後悔しかありません。

私は伯母が亡くなったとき
後悔しないために作った曲を
いろんな場所で歌ってきました。
それなのに、です。

別れは突然やってきます。
そして、どんなに後悔してもどうにもできません。

だから、やらずの後悔をして自分を責めるより
やって後悔する方を選ぶ自分でいたい。
そして、この記事を読んでくれてるみんなも
そう考えてもらえたらうれしいです。

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