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【小説】Cross Hearts 1

〜俺たちのあおはるストーリー ’s Ⅳ〜

休み時間だった。
衣替えが行われたばかりの、もうすぐ梅雨に入ろうかという季節の───
だが、その日はまだ陽光降りそそぎ、空も抜けるように青い、まさしく初夏と呼ぶにふさわしい日だった。
教室内のざわめきも、いつもと変わりなかった。
彼もいつもと同じように、教室の南端の窓際の自分の席でひとり、黙って教室の喧騒に身をゆだねていた。
その彼が、何気なく窓の外に視線を転じた。ちょうどその時───
それは空から降ってきた。
白と濃いグレーが識別出来た。
上から下へと彼の視界をよぎり、消えたところで、それが自分の着ているのと同じシャツの白とズボンのグレーであると思い至った。
“まさか”という思いに彼が腰を浮かしかけた時、誰かの悲鳴が彼の耳に届いた。

たすく
教室の後ろの戸口に立って呼びかけると、中野 佑は顔を上げ振り向くと微笑んで、自分の席から立ち上がって来た。 その佑の背に見え隠れしながら、きつい視線までが一緒に付いて来たが、原 如浩はら ゆきひろはそれを無視した。
「なんですか?」
戸口のところまで来た佑に、口の端をわずかに上げただけの笑顔を見せると、
「ちょっと、手を貸して欲しいことがあるんだ」
そう言いながら、教室の中からきつい視線を送ってきている人物をチラリと見た。
「なんです?」
佑がわずかに首を傾げる。
ここは如浩より一学年下の二年生の教室だ。如浩が声をかけた佑は、身長は平均並みだが体重は平均より下だろう。身長も肩幅も胸の厚みも平均より上回っていると自負している如浩からすれば、佑の体はかなり細く見える。しかし、その体は華奢な感じではなく、しなやかと形容するのが一番しっくりくる。 佑はGW前の体育祭の後夜祭で、同級生と二人、ダンスのゲリラパフォーマンスを成功させた。それまでダンスを習ったことがないとは思えないほどの演技だった。そして、秋の文化祭の後夜祭でもダンスパフォーマンスをすることが決まった。それに向けて練習を重ねていることを、如浩は知っている。 そして、佑が精神的にもしなやかさを持っていることも如浩はよく知っていた。
「詳しいことを話すから、放課後…」
そこまで言って、如浩は意味ありげな笑みを浮かべた。
「人気の無いところに俺と二人きりなんて、アイツが許すはずはないな」
独り言のように呟かれた言葉に、心得ているといった様子で佑は苦笑に近い笑みを浮かべ、
「構いませんよ、どこへでも…」
と言いかけた。
「いや、俺とおまえの取り合わせってのは結構目立つようだからな。図書室も静か過ぎて密談には不向きだろうし、センターには…」
「密談!?」
佑が声のトーンを落として聞き返してきた。顔からは笑みが消えている。
「何かまずいこと?」
「俺たちがこれから何かやるわけじゃない。もう、起こってしまった、それをなんとかしたいのさ」
「もう起こってしまった?」
「ああ」
佑は頷いた如浩の顔を不思議そうに見上げてきたが、また微笑みを浮かべ、
「わかりました。手を貸しますよ」
と言った。
「おい、まだ何も…」
「いいんです」
苦笑した如浩に、佑は拍子抜けするほど軽く答えた。その佑の、近頃妙に色気を含むようになった顔を見つめていた如浩の頭上で、昼休み終了五分前の予鈴が鳴った。
「じゃあ、場所はメッセする」
つい佑の顔をじっと見つめてしまっていた如浩は、まだこちらにきつい視線を向け続けている人物を十分に意識しながら、
「あとでな、仔猫ちゃん」
と佑の顎のラインを指でなぞった。
「原さん…っ」
佑の、体を引きながらの怒ったような顔と、その後方から、こちらは完全に怒っているのだろう顔で睨みつけてきた視線をあとに、如浩は佑にウインクをして、その場を離れた。

「原の奴、なんだって?」
佑が席に戻ると、先程まで如浩にきつい視線を向け続けていた人物が佑の席のすぐ横に立った。
「話があるからって放課後呼ばれた」
佑はその人物のかなり高い位置にある顔を見上げながらそう答えた。如浩も一学年上とはいえ高校生としては大きな体躯をしているが、今 佑の横に立つ男はその如浩のことをスレンダーと言い表したくなるような、ガッシリとした体つきをしている。
すでに成長が止まってしまったと思われる佑と違い、いまだ伸び続けているらしい男との身長差は去年よりひらいている。
おそらく去年までの佑であれば、男に対して軽い嫉妬を覚えたかもしれない。しかし今はそういう感情は湧いてこない。
佑はやりたいことを見つけた。それをやるために、自分の今の体格が一番適していると思えるからだ。
「ふ〜ん」
学校にいる時にはあまり表情を変えないその人物、堀井 真澄ほりい ますみが明らかに面白くなさそうな顔で佑を見おろしてくる。
佑はそんな真澄に笑いが漏れそうになるのを、かろうじてこらえた。
佑は去年の十一月にこの男子校に転校して来た。
なので、それ以前のことは知らないが、真澄と如浩は因縁の間柄らしかった。
佑が転校してくる以前の真澄は、ある事件をきっかけに他人を寄せ付けなくなっていたらしい。それが、佑だけは側に置いている。周りからは真澄が佑の側から離れない、むしろ離さないと見えていたらしく、佑と真澄が “ デキている ” などという噂が立った。そのせいか、如浩は真澄を搦め手から攻めてダメージを与えようと佑を暴行してきた。しかし、その時の佑の屈しない強気な態度が如浩に気に入られ、そのあと如浩は佑をかけて真澄に宣戦布告などということもしてきた。
最初こそ激怒していた佑だが、何かと絡んでくる如浩のことが少しずつわかってくると、嫌うことが出来なかった。
今、横に立つ真澄は佑の恋人になっている。
その恋人は過保護で独占欲が強く、佑が非常に魅力的で多くの男がその佑の魅力の虜になると強く思い込んでいるフシがある。
そんなことは無いと何度否定しても、真澄の、まるでそれを立証しようとでもしているかのような話を、次から次へと聞かされる羽目になるのだ。さらにそれは話だけにとどまらず、佑の体への掻き口説くような執拗な愛撫とセックスに繋がってしまう。
褒められたり、求められたりするのは照れくさくても正直嬉しい。
が、限度というものは全てにおいてある。
疲れ知らずの男の行為は、疲労困憊で意識が朦朧とした佑が、“抱き殺される”と本気で思うほどだ。
恐怖を感じたわけでも、この男を恋人にしたことを後悔した訳でもなかったが、体に負担となった経験があるのは事実で、
(ヤバイ奴に惚れた)
と密かに思ったのも事実だ。
しかもその傾向は、付き合い初めの頃より強くなっているように感じている。
佑は、自分の身の安全のための受け答えというのを考えるようになった。
今も、ここで笑い飛ばしてしまうようなことはしないほうが身のためと判断し、
「大丈夫。ヤバイことには首突っ込まないし、何かあったらすぐにおまえに相談する」
と真顔でそう言った。
「何かあってからじゃ…」
真澄が言いかけたところで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、それとほぼ同時に教室に入って来た教師の、
「席つけ〜」
という声に、渋々という表情で真澄は自分の席に戻って行った。

放課後、佑は “ センター ” と呼ばれている学生センターへと足を向けた。
この学校は山の中の広大な敷地にある。
山の麓には附属の中学校もあり、また地元の中学から進学して来た、いわゆる通学組と呼ばれる生徒のほうが多いが、敷地内には寮が三つあり、遠方からの入学者もいる。
その並んで建つ三つの寮と、林を隔てて建つ施設が学生センターだ。
ここには面積の半分にテーブルとイスと観葉植物がある程度の間隔で置かれ、片側の壁には自販機が並び、上半分がガラスの壁で仕切られた奥のスペースには、定期的に入れ替えられているゲーム機、ビリヤード台が数台ずつと昔風のジュークボックスがあるという場所だった。
ただ奥の設備の電源は九時に切られてしまう。
佑は真澄が別れ際に低い声で念押ししてきた “ 危ないことには首を突っ込むな ” という言葉を思い出しながら、センターに入る。
放課後のこの時間、センター内にはそこそこ人が居た。如浩は入り口から一番遠い壁際のテーブルに、他に二人を同席させて座っていた。
二人とも如浩と同じ三年生で、佑も知っている顔だった。
いつもは等間隔に並んでいるテーブルが、如浩たちのテーブルの周りだけ少し離されて位置しているのは、“ 俺たちに近づくな ” という無言の圧だろう。それを視界に入れながら、
「すみません、遅れて…」
佑がそう詫びながら近づくと、如浩は笑みを浮かべ、
「いいんだ。呼び出したのはこっちだからな。何か飲むか?」
と言った。その途端に、佑の返事を待たずに同席していた一人が立ち上がって、ズボンのポケットの小銭を探っている音がした。
「あ、俺自分で…」
言いかけた佑を、立ち上がった男が笑みを浮かべて制し、
「コーヒーか?」
と言って自販機へ歩き出す。
「はい。ブラックでお願いします、落合さん」
佑は落合に軽く頭を下げつつも自分の希望はハッキリと口にして、空いていたイスに腰をおろした。

☆      ☆      ☆

いつも読んでくださって ありがとうございます💕
〜 俺たちのあおはるストーリー ’ s 〜 第四章 『Cross Hearts』が始まりました。
今回は如浩とその周りの人物のあれこれになります。
佑、真澄、力也の第一章からの主要キャラはもちろん、新しく登場するキャラもいますので、どうぞ楽しんでくださいね✨

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