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【ショートショート】土星にいる男

こんなことを続けてもう何年だ。

私は旅に出たつもりが、気がついたら土星の輪の上を走っている。なぜか地球で愛用していたフェラーリも隣で並走している。そして今気がついたのだが、裸足だ。

不思議なことに疲れを感じない、疲れを感じないので走り続けている。走るのをやめてもやることがなくなる気がするから、だからしょうがなくでもないが、とにかく今は走り続けている。

近くに時計がないので、時間がわからない。そういえばカレンダーもないので、日付も分からない。
ただ私が疲れておらず、フェラーリのガソリンが切れていないということは、そんなに時間は経っていないということ、かもしれない。せいぜい十五分とかそのくらいなのだろうか。

それにしても星は意外と早く動く。
地球にいた時はほとんど止まっていた星が、ここから見ると非常に早く動いている。星が早く動いているということは、私の体が大きくなっているということなのだろうか。
土星の大きさを知らないので(もちろん、私が今走っているこの土星の大きさではなく、地球から見た相対的な土星の大きさのことだ)、この輪に対して私がこのくらいの大きさだからつまり私の体はこれくらいの大きさだ、ということが分からない。しかしそれが分かったところでどうなんだ、と言われても、それもなんとも分からない。

なんだか、この十数歩の間で気づいたことなんだけども、私には分からないことが意外と沢山ある。
地球に戻ったらゴジラのような大きさになっていたらどうしよう。

私は地球に戻れるのだろうか。
はたして、私は戻りたいのだろうか。そもそも地球に「戻る」というということはつまり戻るということで、この場合、この、今私が土星の上をすっかり走り続けていて、始まりも終わりも分からないようなこの場合は、この言葉で合っているのだろうか。

土星の輪を走り始めてせいぜい十五分くらいだと思っていたが、何十年経っているような気もする。
その、むしろそのくらい経っていると言われた方がしっくりくる。
はたしてそれは、誰に言われるのだろう。私に、「あなたはせいぜいこのくらいの時間走っていますよ」と伝えてくれる人はいるのだろうか。少なくとも今はいない気がする。
なぜなら今、ひとりだから。

本当に私は今、ひとりなのだろうか。
何かが私の目を閉ざしていて、色んなものが見えなくなっているなんてことはないか。いやそんなことはないか。
いや、わからない。本当はここには沢山の何かがいて、もしかしたら私に話しかけてくれているのかもしれない。はたして、私はそれを聞くために走っているのだろうか。

いや、なにも意味はなく、ただ走っているような気がする。

どんなことも確証できない。と同時に、どんな可能性もありえるかもしれない。ありえるかもしれない、というだけだ。だから、だからというわけでもないが、私は走りながらあらゆる思いを巡らせている。いやそうじゃなくて、私の中を思いが勝手に巡っていく。

それはここが、土星の輪の上だからだ。

いやはたしてここは上、なのだろうか。もしかしたら下なのかもしれないしあるいは……

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