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第139話「人形」

前回、第138話「封鎖されるアルフルド」

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 ルシオラは部屋に入ってきた貴公子を見て喜色を浮かべる。

 その物腰といい、立ち振る舞いといい、その辺りの貴族とは比べ物にならない。

 それに顔立ちも彼女の好みだった。

「どうもお初お目にかかります。ウィンガルド上級貴族のヘルドと申します。以後お見知りおきを」

 ヘルドは胸に手を当てて、恭しく挨拶した。

「あらあら。フォルタったら。こんなやんごとなき家柄のお坊ちゃんを捕まえてたなんて。どうしてもっと早く紹介してくれなかったのよ。水臭いじゃない」

「そう言うな。私も彼と繋がることができたのはつい最近のことなんだ」

 フォルタが宥めるように言った。

「彼は一時衰えたとはいえ、やんごとなき上級貴族の胤子。ウィンガルド貴族と豊富な人脈を持っている。法案改正を防いだ後も我々の闇取引や密輸に大いに取り計らって……」

「あー、ちょっといいかな?」

 ヘルドはフォルタの話を遮るように手を挙げた。

「何かね?」

「事件後の関係について言及するのは待ってくれないかな。僕達は法案廃止に向けて一時的に協定を結んだに過ぎない。まるで永続的な関係のように言われては困る」

「オイオイ。ギルドにまで入ってそりゃないぜ」

 ウィジェットが言った。

「そう。ギルドのメンバーだ。元々、ギルドというのは利害の一致したものが一時的に手を組むためのものだ。歴史的に見てね」

 ヘルドはやんわりと、しかしはっきりと言い返した。

「法案廃止に向けて、僕は君達ととりあえず手を組んだ。そのあとのことは、また終わってからにしよう。お互いに相手のことをよく知った上で、再度付き合い方を考えようというわけだ。合理的だろう?」

「なるほど。貴族の坊ちゃんからすれば、俺達のような日陰者とは一時的な関係にして、なるべく早く切りたいと。そういうことだな?」

 ウィジェットが絡むように言った。

「そうは言っていない。ただ、僕にも誰と組むか選ぶ権利があるというだけだ」

 ヘルドはあくまでやんわり返した。

「もし、今回の件で君達のことを心許ないと感じたらそれまでの付き合いだ。いいね? まずはお互いに相手の要求をきっちりこなすことだ。お互い相手に失望されないよう頑張ろうじゃないか。では失礼するよ」

 マルシェ・アンシエの面々はヘルドに冷や水を浴びせられた形になってすっかり白けてしまった。

 一方でヘルドはというと、どこ吹く風と言わんばかりに、さっさと部屋を退室してしまう。

「なんだあいつ。上から物を言いやがって」

 ウィジェットはすっかり興ざめという感じで椅子にだらしなくもたれながら言った。

 童顔の彼のその態度は、まるで大きな子供のようだった。

「おそらく我々と本気で組む気はないのだろう」

「いいのか? あんな奴を信用して」

「なあに。向こうがその気だというのなら我々もそれ相応の対応をするというだけだ」



 また爆破事件が起こった。

 今度は、警備がしっかりしているはずの巨大樹の中、ターミナル内においてだった。

 チャチなトリックだった。

 奴隷に赤いローブを着せ、杖を持たせて学院魔導師に変装させた上で、紛れ込ませた。

 犯行に及ぶのが奴隷ばかりだと思い込んでいた警備員はすっかり騙されてしまった。

「どういうことだ!」

 ファルサラスは怒りも露わに語気も荒々しく、肩をいからせて、現場へと向かっていた。

「一体なぜ奴隷がターミナルに入るのを許した。警備はなにをしている」

「今回は奴隷を学院魔導師に変装させていたのです」

「私が聞いているのはそんなことではない。なぜ変装しているからと言って爆弾の持ち込みを防げなかったのかということだ。あんなバカでかい白い箱を持っている奴をなぜターミナルに入れた!」

「いえ、警備員の話によると今回の自爆者は杖以外何も持っていなかったのです」

「何? じゃあ一体どうやって爆弾を……」

「それは……実際に現場を見ていただきながら説明しましょう。こちらです」

 ダミアンはファルサラスを実際の現場、爆心地まで連れて行く。

「これを見てください」

 ダミアンは黒焦げになった床、飛び散った肉片、そしてもともと人間であったものらしきものを指し示した。

 ファルサラスは顔をしかめる。

「今回は随分派手に散らかってるな」

「前回に比べて、明らかに自爆者の損傷が激しくなっています。特に腹部を中心に。まるでそこが爆心地であるかのようです。実際に内蔵部と思われる肉片にミスリルの破片が付着していました」

「なに? するとまさか……」

「はい。自爆者は体内にミスリル製の爆弾を仕込んでいたようです」



 爆破による巨大樹の揺れは、塔の上階、評議会まで届いていた。

 ちょうど議事を執り行っていた評議会議員達はざわついた。

「また爆破か」

「ファルサラスは一体何をしている」

 アトレアは彼らのざわめく様をしばらく眺めた後、議場を退室して、大精霊の元に向かった。

「教えて大精霊様。リンの動向を」

 塔内の公的なエレベーターの全てを管轄している大精霊は、彼女にリンのエレベーター乗車履歴を伝える。

「そう。爆破が起こった時、リンは別のエレベーターに乗っていたのね。よかった。無事なんだ」

 アトレアはホッとした。

(リン。どうか無事でいてね)

 彼女は以前リンにもらった髪飾りを心配そうに眺めた。



「妙だな」

 ディエネが言った。

「何が?」

 アルマが聞いた。

「これだけ人通りの多い場所を狙っているというのに貴族階級の犠牲者が一人もいない」

「たまたまじゃないか? 平民に比べて貴族階級は数が少ないし。その分被害に遭いにくい」

「そうだな。確かにそうかもしれない。しかし奇妙だ」

「?」

「犯行グループの声明を鵜呑みにすれば、彼らの要求は塔の戦争を止めること。だとしたら貴族階級を狙うのがある意味筋だと思うのだが」

「ガードが固かったからじゃないか? やっぱり貴族の屋敷をウロチョロするのは平民階級には難しいし」

「そうだな。確かにそうかもしれない」

 そう言いながらディエネは納得のいかない顔をしていた。

「何か他に目的がある。そう言いたいのか?」

 テオが口を挟んだ。

「分からない。けれども……」

(まるで目立つこと、騒ぎを起こすこと、そのものが目的であるかのような……)



 リンは鉄の魔石を買って、ユヴェンの住んでいる一等地の宿まで辿り着く。

 門番の召使いはリンの顔を見るとすぐに通した。

「どうぞ。お嬢様は地下室にいらっしゃいます」

 リンが地下室の扉を開けるとユヴェンがヴォルケ(火山の精霊)を操っているところだった。

 隠しダンジョンにあった秘密の部屋のようにマグマを張り巡らせて、中央に偽装火山をしつらえてある。

 とはいえ、この部屋はミスリルでできてはいなかった。

 現在、アルフルドではミスリルが手に入りにくいため、彼女は鉄で代替していた。

 ユヴェンは火山の前に座って目をつぶり、精霊と意思を通わせている。

 帰って来てから、彼女はずっとこの部屋に籠りっぱなしだった。

「ユヴェン。魔石買って来たよ」

「ありがと。そこ置いといて」

 ユヴェンは眉ひとつ動かさずに念じながら言った。

 リンはユヴェンの傍にある台に魔石を並べた。

「ヴォルケ(火山の精霊)の調子はどう?」

「今は落ち着いている。けれども油断はできないわ。目を離せばすぐに荒ぶってしまう。やっぱりミスリルが欲しいみたい」

 彼女は目をつぶりながら言った。

「街の様子はどう?」

「相変わらず不穏な空気が流れてる。またエレベーターが爆破されたんだ。どこの家も爆破を防御するために壁や扉を鉄製にしている。みんな外出するのを極度に怯えていて、『城壁塗装』をしながら出歩く始末だ」

「そう」

 彼女は鉄の魔石を一掴み取って火山の中に入れた。

 マグマの中から新しく鉄が生成される。

「やっぱり私達を狙ってるのかしら。これ、ルシオラ達の仕業なんでしょう?」

 彼女は初めてリンの方を振り向いて言った。

「分からない。ただ、僕達を狙っているわけではないと思う。それならもっと直接的な方法があるし。街を巻き込む必要なんてないよ」

「それもそうね」

 それだけ言うと、ユヴェンはまた火山の方に向き直って瞑想を始める。

「イリーウィア様はなんて言ってた? 会っていたんでしょう?」

「気をつけろって」

「そう」

「ミスリルはいつ頃手に入るのかしら」

「それも分からない。ただ、当分は来ないと思う。検閲は日に日に厳しくなっている。事件が解決されるまではミスリルがアルフルドに流れ着くことはないと思うよ」

「そう。まあ仕方がないわね」

 リンは思わずユヴェンの方を見た。

 彼女は落ち着いた態度で瞑想を続けている。

 以前の彼女ならこういうことで思い通りにいかなければすぐにイライラしたものだったが、今の彼女はとても静かだった。

(精霊の影響かな?)

「戒厳令はまだまだ続くということね。折角、規制緩和でミスリルが手に入ると思ったのに残念だわ」

「規制緩和……」

 リンは何か引っかかるものを感じた。

 そういえばもうすぐ規制緩和の法案が通る予定だった。

(この事件と何か関係があるのか?)

「どうしたの?」

「えっ? いや、なんでもない」

「リン。ここが正念場よ。ミスリルの大量製造さえできるようになれば、私達の200階行きは確約されたも同然。イリーウィア様との繋がりにしても、ミスリルを献上すればより強く結びつけるわ。

 王室茶会にも再び行けるかもしれない。

 犯人が捕まればすぐにミスリルも手に入るでしょう。それまでどうにか私達だけでヴォルケ(火山の精霊)の秘密を守り切るわよ」

「……うん」

 リンはヴォルケ(火山の精霊)の入ってる擬似火山の方に目を見やった。

 ヴォルケはミスリルを製造していた時と違って、心なし元気無く、火口から鉄を吐き出していた。



 当局でも貴族階級に犠牲者がいないことに気づいていた。

 刑吏部の職員達はファルサラスに貴族の屋敷に踏み込むことを訴えていた。

「あらゆる施設をくまなく探してミスリルを押収しました。もはやアルフルドでミスリルを抱えている施設はありませんよ」

「あと我々が踏み込んでいないのは、貴族の屋敷だけです」

「どうか我々に貴族の屋敷に踏み込む許可を」

「ダメだ」

 ファルサラスは断固とした態度で拒否した。

「よほどの証拠がないと……、貴族の屋敷に踏み込むわけにはいかん」

「しかしそんなことを言っている場合では……」

「ダメだ。貴族の屋敷以外でまだ探すべき場所はあるはずだろう。草の根分けてでもミスリルを探し出せ。どこかにあるはずだ」

 ファルサラスは職員達の意気消沈した顔を見ながら苦い思いだった。

 彼とてどうも貴族階級が一枚噛んでいるであろうことは察していた。

 しかし、上級貴族に下手に手を出すわけにはいかない。

(貴族階級はどこかしこかで評議会の議員に繋がっている。屋敷に踏み込めばそれだけで外交問題に発展するぞ)

 王族が500階層魔導師を恐れるように、500階層魔導師も500階層魔導師を恐れている。

 ファルサラスにとっても500階層魔導師と正面切って対立するのは避けたいところだった。

 しかしそんなこと表立って言うわけにはいかない。

 そんなことを言えば平民階級から大顰蹙を買うに決まっていた。

 自分達は不便を強いられているにも関わらず、貴族達は優遇されるのかと。

 ファルサラスとしても苦しいところだった。

「引き続き警備を強化する。ターミナルの前には魔導師の紋様を読み込む石盤を置くんだ。石盤に反応しない紋様をしている者を見かけたらその場で取り押さえ……っ」

 ファルサラスが指示を出していると、突然、廊下内が異様な魔力に満たされる。

 ファルサラスらの指輪がチカチカと点滅して危険を知らせる。

 ファルサラスは思わず身構えた。

(なんだこの魔力。この下層にこれほどの魔力を持った奴がいるなんて。いや、それよりも! 俺に対して敵意を向けている。500階層魔導師である、この俺に対して! 一体誰が……)

「うおお。白いローブだ。マジでいるじゃん。500階層魔導師」

 その場の緊張した空気に反して、あっけらかんとした声が廊下に鳴り響いた。

「貴様は……ドリアス!?」

「あれ? 誰かと思ったらファルサラスの旦那じゃないですか」

 ドリアスは親しげに話しかけた。

 二人は距離を取り合って向き合った。

 それ以上近づけば両者の指輪が反応して敵を攻撃しかねなかった。

 それくらい二人は互いにとって危険な存在だった。

 ダミアンを始めとした職員達は身じろぎすることすらできず、緊張した面持ちでどうにかその場に立っていた。

 二人の魔力は圧倒的で、ともすればこの場にいるだけで意識が飛んでいってしまいそうだった。

(なるほど。これが天才と名高いドリアスか。確かに一目見ただけで逸材と分かる。長年塔にいるがこれほどのものは初めて見た)

 ドリアスはにこやかに、しかし敵意は絶やすことなくファルサラスに挨拶した。

「お久しぶりです旦那。元気にしてましたか? いやしかし、まさかアルフルドで白いローブを見れるとはなぁ」

「貴様。どこにいるのかと思ったら今更ノコノコ現れやがって。こんな時に一体どういうつもりだ」

「旦那こそ、わざわざアルフルドまで一体どういった用向きで? まさか評議会議員ともあろう方がたかが爆発騒ぎで降りてきたなんてことはありますまい」

「何を言っている。俺は爆破事件を解決するために評議会から派遣されてきただけだ」

「またまたぁ。そんなショボイ理由で世界を支える評議会議員が腰を上げるわけないじゃないですか。もっと何か重大な理由があってきたんでしょう? 例えば三大国がアルフルドで戦争するとか……」

「バカを言うな。三大国の間では何も起こりはしない」

「はあ? じゃあ、あんた本当に事件の解決だけのために来たの?」

「……だったらなんだ?」

「ふーん。あんたも落ちたもんだねぇ」

「なんだと?」

 ファルサラスがズイと前に身を乗り出して一歩進み出た。

 それだけで指輪の瞬きは増して、大気が揺れる。

 ダミアンは自分の身もかえりみず、慌てて二人の間に入った。

「おやめください、ファルサラス殿。500階魔導師が学院魔導師の挑発に本気で乗るなどとあっては、評議会の沽券にかかわりますよ。ドリアス君。君もやめないか。学院魔導師らしく、目上の者に敬意を表したまえ」

 ファルサラスは自分を取り戻した。

「チッ。ドリアス。とにかくだ。俺はお前に構っているほど暇じゃない。イキリたがるなら他を当たることだな」

「そんなツレないこと言わないでくださいよ。旦那。そうだ。どうせこんなところまで降りてきたんだから、アルフルド名物、『杖落とし』をしていってはどうですか? 僭越ながら私がお相手つかまつりますよ」

「……どこまでもふざけた奴だな。俺は貴様の戯言に付き合っている暇はない」

 ファルサラスはそのまま立ち去っていこうとする。

「あれー? ほんとにツレないな。じゃあこういうのはどうです? 俺も爆破犯のように塔に反乱しますよ」

 ファルサラスがピタリと足を止める。

 振り向く。

 場の空気は凍りついた。

「なんだと?」

「そうすればアンタと戦えるんだろ?」

 ファルサラスの目は見開かれている。

 完全に頭に血が上っていた。

「貴様……!」

 ファルサラスはドリアスに指輪を向ける。

 ドリアスは剣の柄に手をかける。

 一触即発という状況で、再び、ダミアンが割って入った。

「おやめ下さい。このような時に。同じ塔の将来を担う者同士で。ここで争っていては反逆者共の思う壺ですよ」

「なぁ、おっさん。アンタさっきから邪魔だぜ。せっかく旦那がやる気になってんのにさぁ」

「ドリアス。どうしても反逆するというのなら、まずは私が相手になろう」

 ダミアンが杖を取り出して、ドリアスの方に向ける。

 ドリアスは流石に毒気が抜かれたような顔になって剣の柄から手を離す。

「チッ、おっさんをブチのめしてもしょうがねーや」

「ドリアス! 今すぐ俺の目の前から消えろ。さもなくば本当に貴様を反逆者とみなす」

 ファルサラスが鋭く叫んだ。

「ハイハイ。そんなに熱くならないで下さいよ。別にアンタの邪魔をするつもりなんてないんだから」

 ドリアスは手をヒラヒラ振りながら踵を返して立ち去って行った。

 ドリアスが立ち去った後もファルサラスの興奮はおさまらなかった。

 脳裏には先ほどドリアスから言われた言葉が反芻されていた。

 ——あんたも落ちたもんだねぇ——

 ファルサラスは拳を握りしめる。

「彼が噂のドリアスですか。確かに逸材ですな。少々問題はありますが……」

「すまんなダミアン。冷静さを欠いた」

「いえ……そんなことは」

「貴族の屋敷に踏み込む用意をしておけ」

「えっ? では……」

「根回しは俺の方でやっておく」

(こんな事件、さっさと終わらせて上に戻ってやる)



 ここはとある貴族の大邸宅。

 フローラはそこでいつも世話している女の子と話していた。

 彼女は次の爆弾役だった。

「ねえ。本当にやるつもりなの?」

 フローラはおどおどしながら聞いた。

 もう何度目かと思うような質問だった。

「当然よ。私達の故郷を燃やし尽くした魔導師供。やつらに目にものを見せてやるわ」

「本当にそれでいいの? 魔導師に目にモノを見せたとしても、あなた自身は……」

「今更何言ってるの? 私達に未来なんてないんだわ。そんなこと分かりきってるじゃないの」

「でも、でもっ。本当に分かっているの? 死んじゃうんだよ」

「大丈夫よ。神様の元に行くだけだわ」

 彼女はルシオラに魔法をかけられたせいか、異様に高揚していて、目はギラギラと見開かれていた。

 フローラがさらに何かを言おうとした時、扉が開いてルシオラが入ってきた。

 フローラは慌てて口を噤んだ。

「ミューリア時間よ。出かけるわよ」

「はい。エディアネル様」

 フローラは口を噤んで彼女を見送るしかなかった。

 爆弾を入れた子供は残り少ない。

 全てのストックが無くなれば次は自分の番だった。

「エディアネル様。私、この時を待っていました。私はようやく神様の元に行けるんですね」

 ミューリアは恍惚とした表情で言った。

「ええ、そうよ」

「私はどこに行けば良いのでしょうか」

「そろそろ貴族が怪しいと思われる頃だわ。学院なんてどうかしら」

「学院! いいですね。私学院に一度行ってみたかったんです。あそこは魔導師以外は入れませんし」

「そう。それはちょうど良かったわ。冥土の土産に心置き無く学院を楽しんできなさい」

「ではお願いね」

 ルシオラはミューリアをヘルドに引き渡した。

 ミューリアは先ほどの興奮など嘘のように意思のない表情でフラフラと歩いている。

 肩にはルシオラの妖魔のカラスが乗っている。

 ヘルドは仮面を被って変装している。

「後はこの子を学院の近くまで連れて、放置しておけばいいだけですね」

「ええ、その通りよ。よろしくお願いね」

「哀れなものだ。まだ年端も行かない少女だというのに」

「あらあら、貴族様だというのにそんなことを言って。らしくないわ」

 ルシオラは柔らかい笑みを見せた。

 彼女特有の死が漂う笑顔だった。

「彼女は人形よ。同情する必要はないわ」

 さすがにヘルドもゾッとする。

「全く……あくどいものだ」

 ヘルドはルシオラに聞こえないよう呟いた。

 次元の扉を開いて学院の入り口がある階層へと向かう。



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次回、第140話「家族」

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