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第147話「崩れゆく水の街」

前回、第146話「ヴァネッサの失脚」

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 スウィンリルは今日も活気に満ちていた。

 運河には大小沢山の船が行き来して、人々は活発に商品を取引している。

「ん?」

 舳先に立って船を操る魔導師が、運河の水面に目を落とす。

「どうした?」

 看板に寝転んでいた魔導師が話しかけてくる。

「水位が上がっている」

「あれ? 本当だ」

「水の流れも上手く操れないな」

「見ろ! 海の方が荒れてる」

 誰かが声を上げた。

 舳先に立つ魔導師が、近海の方を見ると普段は波一つ立たない沖に荒波が立っている。

「おいおい。調整異常か?」

「何やってんだ協会は!?」

「いや……、違う。この感じは……」

(魔法? それも非常に強力な……)

「おい、見ろ。なんだあれ?」

 また誰かが声を上げた。

 魔導師が振り返ると、沿岸に銀色の鈍い輝きを放つ船が近づいていた。

 かと思いきや港に強引に侵入してきた。

 そして船の甲板から乗組員達が降りてきて、街へと繰り出す。

 人々は青ざめた。

 彼らは上陸するなり、建物を破壊したり、物資を奪ったり、小舟にロープを結びつけて拿捕したりし始めたからだ。

 海賊船の甲板からも質量魔法による砲撃が起こる。

「海賊だ!」

「逃げろ!」

 働いていた人々は慌てて船に貴重品を積んで逃げ惑う。

 しかし、船は思い通りに動かなかった。

 水の流れを思うように操れないのだ。

 船は海賊船の方に引き寄せられていく。

 海賊達は妙に高度な装備を身に付けていた。

 戦闘の準備などしていない人々はなすすべも無く船と積荷を放棄して、街の高台に逃げるしかなかった。

「まずは食料からだ。その後、魔道具、余裕があれば魔獣と順次奪っていけ」

 海賊の指揮官らしき男が部下達に指示を出していく。

 海賊にしてはやけに統率の取れた集団だった。

 こうしてしばらくの間、略奪にいそしんでいた海賊達だが、ミスリルの船から空砲が鳴らされるとピタリと手を止める。

「守備隊が来たぞ」

「急げ。逃げるんだ」

 海賊達は急いで引き返し、船に乗り込んだ。

 船はすぐさま近海へと漕ぎ出す。



「隊長。また例のミスリル船です」

「ちぃ。またあの船か」

 ここ最近、守備隊はミスリル船の海賊達にしてやられっぱなしだった。

 住民達の不満は頂点に達し、守備隊は槍玉に挙げられていた。

「海賊供は近海へと逃げ込もうとしています」

「逃すな。追え!」

 守備隊はしばらくの間、ミスリルの船をしつこく追い回す。

 そうして追いかけていると、海賊船の上に一人の男が姿を表す。

 仮面をつけて、背中に剣型の杖を差した男だった。

(ん? あれは?)

 守備隊の一人が目を凝らすと、仮面の男は虚空に手をかざした。

(なんだ? 何か呪文を唱えている?)

 すると、たちまち静かだった近海は激しく波打ち出し、上空には黒雲が立ち込め、守備隊の船を嵐が襲った。

 背が低く材質がそれほど頑丈ではない警備船は転覆、難破しそうになる。

 一方で、背が高く頑丈なミスリル船は逆巻く荒波も吹き荒れる暴風も物ともせずに、嵐の中を悠々と進んで行った。

 やがて海賊船は地平線の彼方へと姿を消してしまう。

「くそっ。また逃げられたか」

 隊員達は一様に悔しそうな顔を浮かべた。

「無理ですよこの船では。あんなミスリルで造られた船に対抗できるはずがない」

「せめてこちらにもミスリル製の船があれば……」

「上はまだ新しい船を配備してくれないんですか?」

「……」

 部下達からの質問に隊長は腕を組んで難しい顔をした。

 まさか長官達は新たな港湾の利権にご執心で、守備隊の増強に予算を回してくれない、などと言う訳にはいかなかった。

「とにかく、私の方からもう一度長官に掛け合ってみる。それまではどうにか今の装備で頑張るんだ」

 隊長はそう言ってどうにか部下達を宥めるのであった。



 ティドロ達は協会の前で門前払いされていた。

「どうか長官に会わせて下さい。我々はミスリル船の海賊について、長官と話すことがあるんです」

 門番はティドロ達の装いを胡散臭げに見た。

「ふん。メイヤード(100階層魔導師)のインターン生如きがスウィンリルの防備について一体何を話すつもりなのか」

「ヴァネッサ様に通していただければ分かります」

 そう言うと、門番はニンマリと笑った。

「残念だったな。長官は代わったんだよ」

「えっ?」

「ヴァネッサ様は長官を辞任された。今は協会の内部にすらいない」

「そんな……」

「そういうわけだ。ほら、もう長官に会えないことは分かっただろう? 帰った帰った。」

 ティドロ達は門前払いされた。

(くそっ。せっかくヴァネッサとの繋がりを作れたっていうのに。また一からやり直しか)



 近海へと逃げ込んだ海賊、もといドリアス達は、見渡す限りの海原、守備隊も港湾も運河も何一つ見えるもののない場所まで来ると船の動きを止めた。

 魔法で周囲の波と潮の流れ、風を止めて凪にすると、船は地上に引き上げられたかのように微動だにしなくなった。

 リンは船の甲板に上がり、空を見上げる。

 そこには250階層の天井にして、260階層の床であるウォータープレート(水の台地)が横たわっている。

 ウォータープレート(水の台地)の中からは時折、水中に棲息する魔獣の体皮が太陽石の光に反射してキラリと光るのが見えた。

 それは海のさざ波が放つ光のように、あるいは夜空を彩る星のように、儚く淡い輝きを放っていた。

 こうして見ている分には美しい水の空だったが、今、リン達が260階層へ向かうのを阻んでいるのも、まさしくこの水の空だった。

(250階層内ならこのミスリル船さえあればどこにでも行けるけど、上階層に行くには船だけじゃなぁ……)

「リン、魔石どのくらい集まった?」

 ドリアスが話しかけてくる。

「あ、はい。大体100キロくらいは……」

「お、もうそんなに集まったのか。それじゃいよいよこいつを突破して、260階に行けるな」

 ドリアスも水の天井を仰ぎ見ながら言った。

 スウィンリルは10階層ごとにウォータープレート(水の台地)という水の厚い仕切りによって隔てられていた。

 ウォータープレート(水の台地)を突破して上階層に行くには、大きく分けて二つの方法があった。

 一つは、巨大樹の中を通るエレベーター『カナルエレベーター(運河の昇降機)』を使う方法だ。

 カナルエレベーター(運河の昇降機)は、巨大樹の中にある螺旋状の運河型エレベーターだ。

 利用できるのは船を所有する200階層の魔導師だけである。

 また、航行した船は逐一大精霊によってその運航を記録された。

 要するに学院魔導師のドリアスとリンは利用できなかったし、利用したとしてもその瞬間お縄である。

 もう一つの方法は塔を建てて、その中に運河を引くことだ。

 街と街を跨がない高さの塔なら建てても違法ではないし、スウィンリルの街にも10階程度の塔と『カナルエレベーター(運河の昇降機)』を独自に運用している魔導師は何人かいた。

 しかし、それにはまとまった広さの土地と莫大な資金を必要とした。

 流石のドリアスといえども、塔を建てるだけの土地と資金をこの場で工面することはできない。

「じゃあ、打つ手なしってことですか?」

 リンは慌てて聞いた。

「まだ第三の方法がある」

 ドリアスは言った。

「このミスリル船でウォータープレート(水の台地)を突破するんだ」

「えっ? 船で? でも……」

 リンは上空を仰ぎ見た。

 リン達のいるミスリル船から260階層のウォータープレート(水の台地)までは空のように高く、ちょっとやそっと船を浮かせただけで届くような距離ではない。

「そもそも高いですよウォータープレート(水の台地)は。どうやってあんな所まで登るんですか?」

「さらに言うと厚みもあるな」

 ドリアスは眩しそうに目を細めながらウォータープレート(水の台地)を見つめる。

 ウォータープレート(水の台地)は、ちょっとした地盤のような分厚かった。

 その水圧と深度に耐えて、浮上するには潜水艦並みの機構が必要だろう。

「一体どうするつもりですか?」

「『羽クジラ』を利用する」

「『羽クジラ』? えっ? ちょっ、それってまさか」

「そのまさかさ。フレジア!」

 ドリアスが呼び掛けると傍に傍に精霊が現れる。

 エルフの娘だった。

(この人は確かオーリアさんの娘の……)

「フレジア。『羽クジラ』を」

 ドリアスがそう言うと、彼女はコクリと小さく頷いた。

 フレジアは水面に向かって呪文を唱える。

 その聞きなれない言語から、海棲魔獣の言語であることが分かった。

 フレジアが呟き終えると、突然海面が山のように盛り上がって、ミスリル船はガクンと揺れた後、高度を上げる。

「う、うわっ」

(何かが……海中から船を持ち上げて……)

「これが『羽クジラ』。スウィンリルでエレベーターを使わずにウォータープレート(水の台地)からウォータープレート(水の台地)まで移動できる唯一の生物さ」

 ドリアスが説明した。

「総員。船の中に入れ。全ての扉を閉めろ。水一滴入らないようにな。ウォータープレート(水の台地)を突破するぞ!」

 ドリアスが指示すると船員達がバタバタと慌ただしく走り出して、船の中に入り、全ての扉と窓を閉めて、船内と外気の接触を絶つ。

 そのうちにも船はドンドン持ち上げられて上昇していった。

 やがて羽の生えた巨大水棲魔獣『羽クジラ』が水上に顔を出し、ミスリル船を頭に乗せたまま大ジャンプする。

『羽クジラ』はそのまま、上空のウォータープレート(水の台地)に突っ込んだ。

 ミスリル船と『羽クジラ』の体当たりはウォータープレート(水の台地)に多大な衝撃を与え、水の天井を穿ち、平たいウォータープレート(水の台地)にクレーターをつくった。

 砕け散った水は、礫(つぶて)となって、250階層のウォータープレート(水の台地)に降り注ぐ。

 辺り一面スコールが起こったように土砂降りが続いた。

 著しい水量の変化と、二種類の重さの違う水の混合は、しばらくの間、250階層と260階層に、異常な水位の変化をもたらしたが、

 やがてスウィンリルの素晴らしい調整作用によって、二つのウォータープレート(水の台地)は平静を取り戻した。



 ドリアスが260階層のウォータープレート(水の台地)に突入する頃、アルバネロ公は着々と新しい港湾の経営に取り掛かっていた。

「ありったけの魔石と魔道具を港湾に運び込むんだ。多少金がかかっても構わん。スウィンリル中の魔力を港湾に集中するのだ」

 新しい港湾は既に開発が始まっているとはいえまだまだ不安定だった。

 通常より浮力の低いスウィンリルの水の上に土地を浮かべるにはもっと魔力が必要だった。

 魔力を集めるには、その場所に精霊や妖精を集めるのが最も手っ取り早い方法である。

 そして精霊や妖精を集めるには、その場所に魔石や魔道具を集めるのが最も手っ取り早かった。

「アルバネロ公、これ以上魔石や魔道具を集めるには場所が足りません」

「ならば塔を建てろ。急げ。スピルナやラドスの連中に遅れを取るな」

「アルバネロ公!」

 突然、廊下を歩くアルバネロ公の前に一人の男が立ち塞がった。

 ひざまづいて、直訴の姿勢をとる。

「アルバネロ公、どうかお聞きください」

「なんだ君は? 約束もなく無礼ではないか」

「突然お目にかかるご無礼をお許し下さい。私、250階層の守備隊、隊長を務めているものです」

「守備隊? 私の管轄外だな。何かあるなら長官に言ってくれ」

「いいえ。アルバネロ公、あなたでなければなりません」

 守備隊長は現長官が貴族の傀儡のため、三大国の重鎮、特にアルバネロ公に話を通さなければ何も動かないことを重々承知していた。

「急ぎの用事でございます」

「私とて忙しい。後にしてくれ」

「どうか10分だけでも」

 守備隊長の男はアルバネロ公の行き先を塞ぐように跪いて言った。

 アルバネロ公はしぶしぶ立ち止まる。

「公よ。250階層を荒し回る海賊のことについて聞き及んでいますか?」

「海賊? なんだそれは?」

「ミスリルでできた船を操る海賊です」

「ミスリルの船? バカを言うな。そんなものがこのスウィンリルの重い水の上に浮かべられるわけないだろう?」

「それが、本当に浮いているのでございます」

「バカも休み休み言え。どうせ外側だけ銀箔を塗って中身は木造の虚仮威しだろう」

「しかし、実際に嵐の中を進んでいたのです。荒波にも暴風にもビクともせず海の上を悠々と進んでいて……」

「それこそまやかしに決まっている。君、困るよ。守備隊長ともあろう者がそんなイカサマも見抜けないようでは。さ、話は終わりだ。どきたまえ」

「そこをどうか。アルバネロ公。守備隊にミスリルの船に対抗しうる船舶を配備して下さい。それが出来ないならばせめて、沿岸の防備を強化して、住民の安全を……」

「バカを言え。そんなことをして下手に軍備を増強でもすれば、評議会に反乱を疑われるではないか。滅多なことを言うものじゃないよ君。さ、話は終わりだ。私は行かせてもらうぞ」

「アルバネロ公、そこをどうか。あのミスリル船は只事ではありません。スウィンリルの危急存亡に関わるやも……」

「だから私になんとかしろと言うのか? 君のそんな漠然とした根拠を元に、評議会の承認を取り付け、予算を確保しろと? それがどれだけ大変なことがわかっているのか? 膨大な根回しと金が必要だ。私にそれをしろと? 君の仕事がやりやすいように? バカも休み休み言え。なぜ私がそこまでしなければならん。さ、通してもらうぞ」

「しかし、公よ。現場はもう限界です。我々は木造船で嵐の中、ミスリル船と戦わなければなりません。このまま引き下がっては、部下達に合わせる顔が……」

「くどいぞ。私はもう行かせてもらう。さぁ10分経った。これ以上は時間の無駄だ。私は君達と違って忙しいんだ」

 アルバネロ公はそれでも頑としてその場を動かない守備隊長の肩を押し退けて、先へと進んだ。



 水中を漂うミスリルの船内にビーッという警報音が鳴った。

 船の燃料が切れかけていることを知らせる警報音だ。

(燃料を補充しなきゃ)

 船の浮力を発生させる魔力炉の管理はリンの役目だった。

 リンは倉庫から略奪した魔道具を取り出して、魔力炉に向かった。

 魔力炉の蓋を開けて、煌煌と燃え盛る炉の中に杖や指輪、靴や帽子を放り込んでいった。

 放り込まれた魔道具達はすぐに溶けて、魔力へと変わり、次いで船の浮力に変わって行く。

 ドリアスが魔道具を略奪するのはこの『浮力発生魔力炉』を動かすためだった。

 ミスリルでできた船は、重すぎるため海水の上でも浮かぶことができない。

 通常の水よりも浮力の低い、スウィンリルの水の上ではなおさら浮かぶことができない。

 そのため船を進めるには、この『浮力発生魔力炉』を動かし続ける必要があった。

 そして『浮力発生魔力炉』を動かすには魔道具を溶かすし続けるしかない。

 ミスリルの船が『羽クジラ』の力を借りて、260階層のウォータープレート(水の台地)に潜り込んでから、10時間が経過していた。

 人々は再び水上に上がるのを今か今かと待ちわびていた。

 もし、ウォータープレート(水の台地)を突破する最中に船が破裂すれば、船員は一人残らず海の藻屑となるだろう。

 このような破天荒な方法で階層を上がったことのある人間は一人もいなかった。

 みんな不安に顔を慄かせながら、船の中で待機していた。

 頼りになるのはミスリルの頑丈さと魔力炉の発する浮力だけだ。

 設計したドリアスの計算が正確であることを祈るほかなかった。

 リンが魔力炉の前で物思いに耽っていると、何かがぶつかる音が船内に響く。

 水中を泳ぐ魔獣が船にぶつかったようだ。

 先ほどから船は、魔獣がぶつかるたびに「ミシッ」とか「メキッ」とかいう音を立てて、ミスリルが軋んでいることを船員達に知らせてきた。

 続いて、リンはキーンという耳鳴りに襲われて、鼓膜が圧迫されるのを感じた。

 船の深度が変わると共に水圧が一段階変化した証拠だ。

 リンはふと本当に船は浮上しているのだろうかと訝った。

 今、リン達は通常よりも浮力の低い水の中を潜っているはずだった。

 もし、魔力炉の発する浮力が足りないとすれば、船はむしろ落下していることになり、やがてはウォータープレート(水の台地)から放り出されて真っ逆さまに落っこちてしまうだろう。

 そうなればいかにミスリル船が頑丈といえども、落下した衝撃で、木っ端微塵になってしまうに違いない。

 突然、ガクンと大きな揺れが船を襲った。

 水圧が無くなり、耳鳴りがおさまる。

 暗かった船内に窓から外の光が差し込んでくる。

 リンはハッとした。

「なんだどうした?」

「耳鳴りが消えたぞ」

「水の中から出たんだ!」

 船内の人々がバタバタと駆け出して、ガラス窓から外の景色を確認する。

 果たして今、自分達は落下しているのか、それとも浮上しているのか。

 窓が開けられると新鮮な空気が入り込んできた。

 頭上にはカモメが羽ばたき、下を覗き込むと海面があった。

 船は波によって揺れながらも、落下する気配はない。

 ミスリル船は260階層のウォータープレート(水の台地)上に浮上していた。

 リンが甲板に上がると、今まで上空に見えていたのと幾ばくか異なる色の天井が広がっていた(太陽石の数が増えたのだ)。

 船員達が歓声を上げる。

 塔の監視を欺いて、誰にも気付かれず、まんまと250階から260階に移ったドリアス達は、再び海賊業にいそしんだ。



 巨大樹のエレベーターを見張っていたティドロ達の下に仲間の一人が駆け込んで来た。

「おい。ミスリルの船が260階層に現れたらしいぞ」

「なんだって!?」

「階層を上げた? 一体どうやって……」

(くっ。どんどん登ってきている)

 ティドロは奥歯を噛み締めながら近海の方を見た。



 魔道具倉庫の中を確認したリンは、ドリアスに報告しに行った。

「魔道具の調達(略奪)順調です。この分だと明日には、270階層のウォータープレート(水の台地)を突破できそうです」

「うむ。ご苦労」

 ドリアスはリンの提出した魔道具倉庫のリストを見てうなずいた。

「なんだか怖いくらい順調ですね」

「ああ、260階層と言っても大したことなかったな」

(しかし、妙だな。協会側の対応がヌルすぎる。何かあったのか?)

 ドリアスは考え込んだ。

「少し情報収集してみるか」

「情報収集……ですか?」

「ああ、街に潜り込んでみる」

「分かりました。準備します」

 リンとドリアスは仮面を身に付けて、一旦船を降りた。

 小舟を出して、街の運河に潜り込む。

 その間、ミスリル船は霧に包んでその姿を隠しておく。

「どうだ? 新しい靴の履き心地は」

 街を歩きながらドリアスはリンに尋ねた。

「ええ、いい感じです」

 リンは新しい靴で地面を踏みしめながら、その履き心地を確かめた。

 靴はリンの足のサイズにピッタリとはまってズレることはない。

 何の皮で出来ているのか不明だったが、とても作りのしっかりしている良い品だった。

 この靴ならドリアスのスピードにも耐え得るだろう。

 ティドロに見つかったらすぐに逃げられるように、あらかじめ魔法の紋様を入れておくことも忘れていない。

「一応、コードネームを決めておくか」

「コードネーム、ですか?」

「ああ、ティドロ達に出くわした時とか、咄嗟に声をかけられないようじゃ困るだろ」

「なるほど」

「俺はロド。お前はニール。よろしくなニール」

「分かりましたロドさん」

 ドリアスとリンは情報を求めて、裏通りへと向かった。

 ドリアスはいかがわしい情報の飛び交うキナ臭い場所を探し当てるのがとても上手かった。

 すぐにそのような酒場を見つけ、事情通っぽい男を捕まえては酒を奢り、情報を引き出した。

 すると次のことが分かった。

 ヴァネッサが長官の座を辞任したこと。

 現在の長官はアルバネロ公をはじめとする三大国の重鎮達が操っているお飾りの長官であること。

 アルバネロ公達は新しく出来た港湾に魔石や魔道具を集めるため、争って塔を建設していること。

「新しい港湾?」

「ええ。なんでも270階層のポッカリ空いていた海域に新しい島が浮かんできたそうで……」

「ほお、新しい島が」

「なんでもスウィンリルの経済情勢を変えうるほどの規模のものらしいですよ」

「そんなに凄いのか?」

「新しい商圏が出来るほどのものだそうですぜ。商人どもはここ数日、働き詰めでさぁ。必死で港湾の利権に一枚噛もうとしてやがる」

「ふむ。新しくできた島ねぇ。それだけデカイ島だとしたら、維持するのにも随分な魔力が必要だろうな」

「ええ。新しい島にはおびただしい数の運河が引かれ、魔石を積んだ船がわんさか集まっているとのことですよ」

「ふーん」

 ドリアスとリンは船に戻った。

「この時期に長官が辞任していたなんて。そんなことがあったんですね」

 リンが意外そうに言った。

「道理で警備がザルなわけだ。しかし僕らにとって、渡りに船かもしれないね」

「えっ!?」

「僕達はツイてるってことさ。行くぞ。船を270階層の新港湾に向けるんだ」

「港湾に……ですか?」

「ああ、それだけの大きさの島だとしたら、維持するために沢山の魔導具が運び込まれているはずだ。わざわざ攻撃目標を作ってくれるとは有り難い。集められたお宝全ていただいて、一気に300階層まで駆け上がるぞ」



 アルバネロ公はせっせと新しい港湾に建物を建てていた。

「急げ。スピルナとラドスの奴らに遅れを取るな」

「アルバネロ公、スピルナとラドスも新しい港湾に塔を建設しようとしています」

「ならばなおさら急げ! その二国に遅れをとってはならん」

「しかし……これ以上建設を続ければ島の方がもちません」

 スウィンリル内の島は、魔力が集まれば集まるほどその浮力が上がり、建物はたくさん建てられ、島の上の街は繁栄する。

 しかし、島の耐えられる荷重にも限界があって、無理な開発をすれば逆に水没する恐れがあった。

「限界が近いなら、なおさら建設を急げ。いいか。こういう時こそ引き下がってはならんのだ。ここで引き下がってはスピルナとラドスの思うツボだぞ。こういう時こそ強引に事を運ぶ必要があるのだ」

「アルバネロ公」

 守備隊長が駆け込んで来た。

「なんだこの忙しい時に」

「例のミスリル船を操る海賊が260階層に出現しました」

「またその話か。そのようなことは君達の方でどうとでも……」

「お聞きください! 250階層にいたはずの海賊が260階層に出現したのです」

「フン。ならばエレベーターの運行記録を調べればよい。それで誰が下手人か分かるはずだろう」

「エレベーターの運行記録は洗いざらい調べました。また、海賊が現れてから常にエレベーターを運航する船には目を光らせています。しかし、それにもかかわらずミスリル船は260階に上がってきたのです。つまり、奴らはエレベーターを使わずに階層を上げたということで……」

「いい加減にしろ! エレベーターを使わずに階層を上げるだと? そんなことがそんじょそこらの賊に出来てたまるものか。その発言こそが君達の怠慢の証拠だよ」

「しかし、現に……」

「もういい。この件はスピルナの貴族か、ラドスの貴族にでも言いにいけ。とにかく、私はこれ以上低階層で起こる瑣末な事件にかかずらわうつもりはない!」

 アルバネロ公は、そう言い捨てて、嘆願する守備隊長を振り切り、自室へと向かってしまう。

 守備隊長は拳を壁に叩きつけた。

「おのれ、俗物が! 我々が身を粉にしてわざわざ貴様らの利権を守ろうとしているというのに。もう知ったことか。そんなに滅びたいのならば望み通り勝手に滅びるがいい」



 ドリアス達はまた『羽クジラ』を利用してあっさりと270階層に到達した。

 すぐに魔道具を求めて新しくできた港湾に向かう。

 港湾には流石にスウィンリルでも選り抜きの戦闘艦が配備され、防備に当たっていた。

 ドリアスは嵐を呼び出して、守備隊が出撃できないようにすると、ミスリルの船を悠々と進めて港に取り付いた。

 港湾に停泊している他の船が水浸しになり、沈んだり流されたりしていくのに対して、ミスリルの船はまるで陸地の上にあるかのようにどっしりと碇泊した。

 ドリアスはリンと一緒に小舟に乗って街に向かう。

 念のため二人共仮面をつける。

「ミスリル船は大丈夫でしょうか」

「大丈夫だよ。この嵐の中、近づける人間はいない。それに船に残っている連中に造反する度胸はないだろ」

 リンとドリアスを乗せた船は、嵐で物が吹き荒び、洪水で水浸しになった街路を悠々と進んだ。

 ドリアスの隣にいれば、嵐の中でも何の問題もなく過ごすことができた。

 吹きすさぶ暴風も、流れる瀑布も彼を避けて通り抜けていく。

 港湾で作業をしていた人々は、突然襲来した嵐を前にして既に避難を完了させた後だった。

「塔は三つありますね」

「ああ、さしずめ三大国がそれぞれ一つずつ塔を建ててるってところか」

 ドリアスはまず最も背の低い塔から取り掛かった。

 外壁の側に船を取り付けて、砲撃を加えると、いとも簡単に塔は崩れ、宝石や杖、剣が溢れ出し洪水によって流される。

 そこに集まっていた精霊や妖精達はどこへともなく飛び去って行く。

 魔導師達も船に乗り込んだり、魔獣に乗って、あるいは水の魔法を使ってその場から逃げ出し、別の建物に避難した。

「さ、次行くぞ」

 ドリアスはもう一つの塔もあっさりと崩落させた。

 屋内に運河のあるスウィンリルの建物は、少し建物の壁を破壊すると洪水によって運河が増水し、建物の内部全体が水没した。

 新しい港湾にいるのは、スウィンリルでも屈指の魔導師達なので、これしきの洪水で溺れることはなかったが、自分の身を守るので精一杯だった。

 魔石や魔道具が流されていくのを止めることはできない。

 魔導具はドリアスの起こした『嵐の魔法』によって、近海のとある箇所まで流されることになっている。

 市街地から遠く離れた海の上でゆっくりと魔石をサルベージするというわけだ。

 そして、いよいよドリアスは最後の最も背の高い塔へと向かった。

 外壁を破り、内側に入る。

 屋内に流れ込んだ洪水は、屋内のカナルエレベーター(運河の昇降機)に吸い込まれた。

 しかし、それはカナルエレベーター(運河の昇降機)の水嵩を一時的に上げるものの、氾濫させるには至らない。

「運河が氾濫しませんね」

「建物のどこかに貯水池(ダム)があるのかもしれないな。決壊させよう」

 リンとドリアスは小舟を操って、カナルエレベーター(運河の昇降機)を登って行った。

 3階まで上がると、貯水タンクらしきものを見つけたので、一旦船を降りて歩いて近づく。

 しばらく歩いていると、ドリアスが立ち止まる。

 リンは訝しげにドリアスの方を見た。

「どうかしましたか?」

「ふむ。どうやら迷宮に迷い込んでしまったようだね」

「えっ!?」

 リンが慌てて周囲を見回すと四方から壁が生えてきて、こちらに伸びてきていた。

 そこはかとなく冷気が立ち込めてくる。

(これは……『メデューサの迷宮』!? いつのまに?)

 それは以前ルシオラが出現させ、リンを迷い込ませた『メデューサの迷宮』と瓜二つの迷路だった。

 ドリアスは迷宮を威嚇するように指輪を光らせた。

 すると迷宮の壁は途中でピタリと止まる。

 しかし、四方は完全に包囲されていた。

 二人は半径50メートルほどの広さの空間に閉じ込められてしまう。

  「ようやく捕まえたよ。ドリアス」

 迷宮の奥から声がして、5人の魔導師が現れる。

 彼らはメイヤード(100階層魔導師)であることを示す水色のローブを着ていた。

(あれは……ティドロさん!?)

 リンは思わず声を上げそうになった。

(この迷宮はティドロさんが出現させたのか……)

「そんな仮面をつけていても無駄だよ。この嵐にミスリル船での襲撃。全て君の仕業だろ。ドリアス!」

「ドリアス? なんのことでしょう?」

 ドリアスは女性の声で言った(仮面には変声機能が備わっている)。

「私、嵐から身を守るためここに避難してきただけで……」

「こんな形で君との決着がつくのは不本意だ。が、これもまた結果だ」

 ティドロが遮るように言った。

(チッ。相変わらず冗談の通じない奴)

 ドリアスは内心で興醒めする。

「学院魔導師の身でありながら、許可なく上階層に足を踏み入れた者は、禁固刑に処せられる。君達を拘束する!」

 ティドロ達が杖を構える。

 ドリアスも剣の柄に手をかけた。

「ニール!」

 リンはコードネームを呼ばれてハッとした。

「ロドさん!」

「迷宮を抜けるぞ。死にたくなかったら、とにかく俺の後ろに引っ付いて、離れんな。ショックバック(魔力切れ)に気をつけろよ」



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次回、第148話「星屑」

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