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第145話「ティドロの暗躍」

前回、第144話「優雅な朝食」

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 ティドロは刑吏部の他の人間達に見えないようにルフの羽を懐にしまう。

「ったく、あのヤロウ。ようやく立ち上がりやがったか」

 刑吏部の一人が文句を言うように言った。

「新人のくせに生意気な奴だな」

「まあまあ。そうイライラしなさんなって。相手は一応貴族の子弟だぜ」

「なおさらムカつくぜ」

「何を目的に刑吏部のインターンなんかに参加しているのか知らんが、触らぬ神に祟りなしだ」

「実際、優秀な奴だ。時々何を考えているのか分からないところもあるが、別段、邪魔でもない」

「上手いことやっていこうぜ」

「けっ。おーい、ティドロ。撤収するぞ。手伝え」

「はい」

(やはり200階層に来ていたか。ドリアス)

 ティドロは物思いに耽りながら撤収作業をした。

(ドリアス。君はいつもそうだ。僕が君を追い抜かしたと思ったら、思いもかけない方法で僕を追い抜かして、はるか先まで行ってしまう)

 ティドロは学院時代を思い出す。

 何度も挑み続けたが、ついにドリアスに勝つことはできなかった。

(インターンに参加したのはたまたまだが、ドリアスが200階層に来るタイミングと被ったのは、ラッキーだな。ようやく僕も君の思考に追いつくことができた、と考えてもいいのだろうか)

 ティドロは自嘲気味に笑った。

(ダメだな。追いつくだけで満足しているようじゃ。そんな考えだからいつまで経っても彼に勝てないんだ。でも、それでも今までと違って、どうにか食らいつけている)

 今までは、ドリアスの躍進をただただ呆然と見守っているのがせいぜいだった。

 屋敷から出たティドロは、決然とした表情で通りの方を、おそらくドリアスが逃げ去って行った方向を睨む。

(何にしてもこのまま思い通りにさせはしないよ、ドリアス)



 ドリアスは造船会社の開設に向けて行動を始めていた。

 まずは資金の調達からだった。

 250階層の貸金業者は、訪れたドリアスを胡散臭げにジロジロと見た。

「ずいぶん若いな。名前は?」

「ダステン(ハッサンによって偽造された偽名)」

「歳は?」

「37歳」

 業者の男はますます胡散臭げにドリアスのことを睨む。

「ふん。まあいい。一体いくら借りたいって言うんだ?」

「二億レギカ」

「に、二億!?」

「ふざけんな。テメーのような無名の若造にポンと二億貸し出せるわけねーだろ」

「おいおい。見くびってもらっちゃ困るな。俺は知る人ぞ知る魔導師だよ。今は訳あって200階層で油を売っているが、実力はすでに300階層魔導師相当だと思ってもらって構わない」

「ほーう。300階層ねぇ」

 男は急に意地悪な表情になった。

「300階層の実力があるとなりゃあ、まずはそれを証明してもらわなくちゃな」

 男はテーブルの上にドンと地球儀のようなものを置く。

 リンはその地球儀をじっと観察してみた。

 水晶のように透明な球体は、その回転軸を弓なりのフレームで固定され、台座の上に安置されている。

 透明な球体には赤い目盛りが振られている。

 中央の目盛りは10トンと書かれていた。

「ほう。それは『星水槽』」

「300階層相当の実力ある魔導師様なら知っているだろう? 術者の魔力に応じて、水を発生させる装置だ」

「もし300階層魔導師並みの実力があると言うなら、せめて10トンの水は発生させてもらわないとな」

「いいとも。ただし、もし発生させることができたのなら、ちゃんと融資してもらうよ」

「ふん。減らず口を叩きやがって」

「いいからつべこべ言わずやってみろ」

「うむ。よかろう。それでは失礼するよ」

 ドリアスは『星水槽』に手を添える。

 瞬く間に『星水槽』の内部には水が満ち満ちていく。

 ドリアスの発生させた水はすぐに10トンの目盛りをあっという間に超え、『星水槽』を満杯にしてしまった。

 仰天した金貸しの男達はその場でドリアスに融資してしまう。

「やりましたね。これで船を造るための材料と施設・設備の費用は賄えます」

「ああ、早速資材と人員の調達に取り掛かろう」

「後は人件費を調達するだけですね」

「ああ、いいよ人件費なんて。必要ない」

「え? でもそれじゃ従業員にお給料を支払えませんよ」

「大丈夫、大丈夫。どうせすぐ潰す会社だから」



 夕方、ヴァネッサが執務室で仕事をしていると、ドアがノックされた。

「入れ」

「失礼します」

 ヴァネッサは書類を作成していた手を止めて、入ってきた事務官の方を見る。

「どうした? こんな時間に」

「ティドロという者が、長官にどうしても会いたいと言って聞かなくて……」

「ティドロ? 聞かない名だな」

「はい。メイヤード(100階層魔導師)のイーターン生です。なんでもスウィンリル(200階層)全体の命運に関わる知らせがある、などと言っていて」

「スウィンリルの命運……」

 ヴァネッサは俄然ティドロに興味が湧いてきた。

 自身が水中深くに沈む夢のことが思い出されたからだ。

「本来なら長官の耳に入れず、門前払いするべき事案なのですが、あまりにもしつこくて、しかも自身の、貴族としての権限を使うことを匂わせて脅してきて……。我々ではどうしたものか判断に困ってしまい……」

「分かった。通せ」

「は」

 事務官が退室すると程なくしてティドロが入室してきた。

「失礼します。メイヤード(100階層魔導師)のティドロと申します。長官殿、この度は面会に応じてくださり誠に感謝いたします」

 ヴァネッサはティドロのことをつぶさに観察した。

 貴族階級と聞いていたが、その精悍な顔立ちと真っ直ぐな瞳からは、まだ貴族の俗臭にまみれていないことがうかがえた。

「君がティドロか。何やらスウィンリルの危急存亡に関わる知らせを持ってきてくれたということだが……」

「はい。長官はドリアスという学院魔導師のことをご存知ですか?」

「いや、知らないな。その学院魔導師がどうかしたのか?」

「彼が、学院魔導師の身でありながらこの200階層に侵入している可能性があります」

「学院魔導師が200階層に? しかし一体どうやって……」

「ルフ(怪鳥)を使ってです」

 ティドロは懐から杖ほどの長さもある大きな羽を取り出した。

「これは今朝、空き巣の入った屋敷で見つかったものです。屋敷の壁際、塔の外壁に当たる部分に設置されていた窓は割れていました」

「ルフ(怪鳥)で200階層まで飛んできたというわけか。なるほど」

「100階層以下でルフ(怪鳥)を操ることのできる魔導師など、ドリアス以外に考えられません」

「……そのドリアスという魔導師だが、一体どういう奴なんだ? すまない。私はアルフルド(学院都市)の事情に疎くて……」

「ドリアスは紛れもなく100年に一度の天才です。学院初等クラスの時点でサイクロプス(一つ目の巨人)を倒し、高等クラスでは学院魔導師の身でありながら遠征軍に抜擢されています」

「待て。聞いたことがあるな。十代の身でありながら『アルアドの戦い』で目覚ましい活躍をした魔導師がいると。その少年は紅いローブを身につけルフ(怪鳥)を駆っていたと」

「まさしくそれがドリアスです。長官!」

 ティドロが身を乗り出した。

「我々にドリアスを検挙するための人員を割いていただきたい」

 ヴァネッサはティドロをまじまじと見た。

(ふむ。今のドリアスの話が本当だとして、彼はドリアスに勝てると思っているのだろうか。自分の才能で……)

 ヴァネッサは不思議に思った。

 実際に聞いてみることにした。

「なるほど。だが、君の話を聞く限り、そのドリアスという少年、塔の伝説級の魔導師に匹敵する実力の持ち主ではないかね? 果たして君の手に負えるのか……」

「だからこそです!まともに戦っても勝てないからこそ、ドリアスが法的に不安定な立場の今、今こそ彼を叩いておきたいのです」

 ティドロは語気を強めて言った。

「彼は魔力の才能に恵まれているだけではありません。ルールの隙を突き、捻じ曲げることについても天賦の才を持っています。彼を放置していてはスウィンリルの、それどころか塔の秩序にも関わってきますよ」

 ヴァネッサはティドロの真剣な瞳を見ながら考えた。

 果たしてドリアスと例のあの夢、檻を運ぶ大きな鳥と自分が水に沈む夢には関連があるのかどうか。

 彼女はティドロから目を逸らした。

「君の言うことはよく分かった。ただ、私もそのように曖昧な根拠で人員と予算を割くわけにはいかない。せめてそのドリアスという学院魔導師が200階層にいるという確証が欲しい」



 ティドロは憮然とした表情で長官の部屋を退室した。

 仲間達と合流する。

「どうだった?」

「ダメだ。ドリアスが200階層にいる確かな証拠がなければ協力はしてくれないということだ」

「チッ。これだからお役所思考のやつは」

「あの人らは分かっていないんだ。ドリアスがどれだけヤバいやつか」

「放置すれば何をやらかすか分かったもんじゃないぜ」

(協会の援護は受けられない。となれば自力でドリアスを見つけるしかない!)

「みんな、長官はまだ僕達の申し出を拒否したわけじゃない。チャンスはある。やれることをやってみよう」



「よろしいのですか、ヴァネッサ様。あんなメイヤード(100階層魔導師)如きの四方山話を真に受けて」

「まだ100階層に上がりたての未熟な魔導師だが、それでもウソを吐くような輩ではない。聞く耳を持っても損はないさ」

「……」

「ティドロを泳がせる。彼の動向から目を離すな」

「二重尾行ですね」

「そうだ。ティドロを泳がしつつ、彼よりも先にドリアスとかいうヤツの狙いを見極める」

(まだ子犬とはいえ、いずれは狼になる器だ。噛み付くとまではいかないまでも、せめて尻尾を掴むくらいのことはして欲しいものだ)



 ドリアスは従業員を雇うに当たって、200階層に5年以上いることを条件に月給100万レギカという募集要項を出した。

 破格の給料に人々は殺到した。

 実際に5年以上200階層にいる人から、1年在籍しているかどうかも怪しい人間まで多数応募してきた。

 それも無理のない話だった。

 多くの人にとって200階層に滞在することは大変なことだったが、逆に言えばスウィンリルに長期間在籍しているだけで、魔導師として確かな実力の証であり、尊敬と羨望の的だった。

 そういうわけで実際には、本当に200階層に5年以上在籍したのか怪しい輩ばかりが高給目当てに多数応募してくることになった(月収100万レギカの会社に在籍しているとなれば、階層維持に相当有利だった)。

 中には履歴書を露骨なウソで塗り固めている者までいた。

 しかし、ドリアスはどういうわけか素性の怪しいものに限って進んで採用し、どういうわけか身分の確かなものに限っては不採用にした。

 ともあれ、ドリアスの下に人は集まり、会社は回り始めた。

「10番から15番の人はAラインに向かってください。16番から21番の人はこのままここで待っていてください。追って指示を出します」

 リンはドリアスの片腕として会社を切り盛りするのを手伝っていた。

 今も、集まった工員に対して指示を出している。

「おーい。リン君。工員の手配は終わりそうかい?」

「あ、ドリアスさん。待ってください。あと30分ほどかかります」

「早くしてくれよ。また午後から資材を調達だ」

「はい。あ、16番から21番の人、お待たせしました。Bラインに案内します」

 リンはハッサンから送られてきた指示書を見ながら人員の配置を急いだ。

 リンはドリアスと一緒に街に繰り出す。

「あの、ドリアスさん」

「ん?」

「本当にいいんですか? 工員さん達のお給料を集めなくて」

「ああ、大丈夫だよ。言っただろ? すぐ潰す会社だって」

「本当に潰しちゃうんですか? この会社」

「ああ、潰す」

 ドリアスはなんでもないことのように平然として言った。

「でも、会社を潰したら、いろんな人に迷惑がかかっちゃうんじゃ……」

「いいかね。リン君。俺に言わせれば会社というものは潰すためにある。会社なんてものは、カネと労働者を囲うための檻に過ぎない。いずれは潰れるものだ。そんなものを潰したからといって誰が困るというのかね?」

「檻を壊したら中からよからぬものが這い出てきそうな気がするのですが……」

「ハハハッ。気のせい気のせい。ホラもうすぐ資材調達の商談だ。暗い顔していたら取れる契約も取れなくなってしまうぞ」

 リンは秘書としてドリアスの商談に付き添っていた。

 特に何をするでもなく、小綺麗な服を着せられて、その場にいるだけだったが、ドリアスによると一人よりも付き人がいる方が信用されやすいとのことだった。



 商談を終えた二人が街角を歩いていると、急にドリアスがリンの方に体を寄せて、小声で話しかけた。

「リン。そのまま振り向かず、何事もなかったかのように歩き続けろ」

「?」

「尾けられてる」

「!?」

「走るぞ」

 リンは手をグイッと引っ張られるのを感じた。

 人混みの中に飛び込んで行く。

 ものすごいスピードで人影が通り過ぎて行くのを感じた。

 リンは自分が彼らを避けているのか、彼らが自分を避けているのか分からなくなった。

(これは……アトレアやユインが使っていた魔法)

 リンは必死で足をバタバタと動かして走り続けた。

 そうしなければドリアスに引っ張られている腕が引きちぎれてしまいそうな気がしたからだ。

 しかし、追っ手は着実に後ろに迫っていた。

 彼らも人混みを避けて走る魔法が使えるようだった。

(このままじゃ追い付かれる)

 リンは迫って来る追っ手の気配がどんどん近づいてきているのを背中で感じた。

 相手の方が自分よりも高度な装備、高度な魔法を使っているのは明らかだった。

「チッ。しゃーねーな。特別だぞ」

 ドリアスは杖でリンの靴を叩いた。

 するとリンのなんの変哲もない靴に紋様が刻まれる。

(これは……ルシオラの履いていた靴!?)

 ドリアスの手を引っ張る力が一段と強くなった。

 同時にリンは自分の地面を蹴る力が一段と強くなるのを感じた。

 ドリアスとリンはものすごい勢いで走り、あっという間に市街地の反対側まで辿り着いた。



「どうですか? 追っ手は撒けましたか?」

 リンがドリアスに尋ねる。

 ドリアスは建物の影から往来を眺めていた。

「ああ、奴らは俺達を見失ったらしい」

 ドリアスはそう言いながらも往来に油断なく目を走らせていた。

 しばらく往来を見張り何も異変が起きないのを確認すると、ようやく壁に背をもたせかけ、安堵のため息をつく。

「ふぅー。やれやれ。まさかティドロがここにいるとはな」

「えっ? 今、僕達を尾けてたのって、ティドロさんだったんですか?」

「おっ、あいつのこと知ってんのか?」

「はい。初等部の頃、お世話になって」

「そうか」

(ティドロはまだ100階層にいると思って、高(たか)を括(くく)っていたが……。あのヤロウ、もう200階層に来てやがったか。チッ。計算が狂ったな)

「これからは顔を隠さなくちゃな。それに……」

 ドリアスは会社の工場の方を見た。

「船の完成を急ぐ必要がある」

「はい。……うっ」

 リンは足下に違和感を覚えて顔をしかめた。

 見ると、リンの履いていた靴が足から脱げ落ちていた。

 リンが慌てて靴を拾うと、靴はすっかり擦り切れていてボロボロになり、履き口から底にかけて裂け目が出来ている。

 とてもではないが履けたものではなかった。

 アルフルドの靴では、ドリアスの高度な魔法に耐えきれなかったのだ。

 ドリアスはまたもやため息をついた。

「お前の靴も買わなきゃな」



「いたか?」

「いや、ダメだ」

「クソッ。後少しだったのに」

 ドリアスを見失ったティドロ達は、しばらく周囲を探し回ったが見つけることができず、再び広場に集まっていた。

「あの顔、確かにドリアスだったよな」

「ああ、間違いない。俺らの気配を感じて逃げたんだから、なおさら間違いない!」

「あのヤロウやっぱり200階層に来てやがった」

「あと、もう少しで捕まえられそうだったのに。クソッ。つくづく惜しいことをしたぜ」

「気落ちすることはないさ。ドリアスがこの近辺で活動していることは分かったんだ。後は探し出すだけさ」

「そうだな。もう一度仕切り直しだ。とりあえずこの近辺を探って見よーぜ。ティドロ? どうした?」

 ティドロの仲間達が息巻く中、ティドロは考え事をしていた。

(ドリアスと一緒にいた魔導師、以前どこかで見たような? なぜだろう。記憶の底に引っかかって思い出せない)

「おい、ティドロ!」

 仲間の一人が肩を掴んで呼びかけると、ティドロはハッとして我に返った。

「どうした? 大丈夫か?」

「あ、いや、うん。なんでもない」

 ティドロは気になることをとりあえず頭の隅に追い払って、仲間の方に向き直る。

「近辺を徹底的に洗うぞ。最近できた建物や施設がないか調べるんだ」

(尻尾は掴んだ。あとはそれを手繰り寄せるだけだ)



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