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混沌とする記憶の狭間で

今はもう無くなったコンビニの店員をしてた頃の話です。もう場所も個人も特定できない出来事になったと思うので載せます。


「おにぎりはどこ?」
そのおばあちゃんは、多い日は日中に5回も来る。だけれど毎回真っ直ぐにレジへ来て、アイスとおにぎりの場所を聞く。そして必ず同じバニラアイスを2つ、しゃけのおにぎりを2つ買っていく。

おそらくそれが意味を持った買い物じゃない、と従業員は皆理解してた。

「おばあちゃん、それ1時間前にも買ったよ。また買うの?」
あまりにもすぐに来た時は聞いてみる。
けれど質問はブレーキの役目を果たさずに
「え?そうだった?でも家に帰ってなかったらアレだからいい。」
と言って会話が終わるだけ。

その日も私は、また買うの?と聞いた。すると、
「さっき買ったのはお兄ちゃんが食べちゃったんじゃない?」

今までには聞いたことの無い“お兄ちゃん”だった。

その人の家族構成は知らないから「そうなの?お家の方?」といいつつレジを通す。
けれどおばあちゃんは私の質問に答えることは無く、小銭だらけのファスナー付きケースの中を、指でジャリジャリと掻き回すばかりだった。


そしてそんなやり取りが何度も、色んな従業員と繰り返されたある日。
「あのねえ、お金みーんなお兄ちゃんに持っていかれちゃったの。8万円かなあ…7万円かなあ?お兄ちゃんがねー。」
合間で私は、え?どういうこと?と何度か挟んだけれど耳に入らないらしい。
「だからね、お金みーんななくなっちゃった、ちっとも。」
そういってまたおばあちゃんは小銭を、しわしわの人差し指でグルグル、ジャリジャリかき混ぜる。


「おばあちゃん。そのお兄ちゃんって、だれなの?」
質問に答えが返ってくることは無かった。
「知らないお兄さんなの?本当にお金取られちゃったなら警察に言った方がいいよ。」
不安になって私が続けると、
「警察?警察にどうやって?どういうの?」
いつもより強い言葉だった。
通報の仕方を知りたいのだろうか、それとも、言ったって意味がないから、強い言葉が帰ってきたんだろうか。
私は急に、とても怖くなった。

その頃、私達従業員はその「おにぎりとアイスのおばあちゃん」の“症状”が悪化していると分かっていた。

切ないような、寂しいような。もしくは少し悔しいような気もした。アイスを買う頻度が増えて、鮭のおにぎりしか買ったことがなかったのに、お兄ちゃんはやわこい方がいいかもしれないからと、サンドイッチを出してくれと言うようになった。

この町に昔から住んでいてここら辺のことをよく知るおじさんは、「あのばあさんは、1人で暮らしてて誰の出入りもないみたいなんだけどなあ…」と言った。


それからしばらくすると彼女の話にお兄ちゃんが出てこなくなった。やはりあれは彼女の中に住む存在だったのか。今となっては知る由もない。

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