優しい暇つぶしと人助け

下町と言われるこの町に住んで、そろそろ丸3年が経つ。この町にいると、日々誰かが私を容赦なく助けてくれて、それに合わせて私は、誰かをすんなりと助けたいと思えるようになった。

なんでだろう。

ある日私は会社の軽自動車の下に縁石を敷き込んだ。広い駐車場を出るところで、まあ色々あって、バンパーと前輪の隙間に大きめのものをゴリゴリと。異音で車から降りると明らかに自分ではどうしようもない状態だった。

初めての事故に頭が白くなり立ちつくす。電話をする?どこに?会社か警察か保険会社か。するとすぐ、通りかかった知らないお姉さんが大丈夫?と声をかけてくれた。とはいえお姉さんに出来ることはなく。二人で慌てていると、そこに来ていた工事現場のお兄さんが、うちの現場のやつらを連れてくるから待ってなと言ってくれた。

情けないことに私は社有車を傷つけたやら初めての事故やらとにかくパニックで、はい、はい、すみません。と繰り返すばかりだった。

しばらくすると現場仕事をしてるいかにも力持ちそうな男性が複数人来て、俺たちは車持ち上げるからお前は石を抜けだとか、何やらてきぱき作業をしてくれた。

すみません、ありがとうございます、すみませんと繰り返せば、会社のマークを見て、とりあえず会社に連絡しな、怒られないといいねと励ましてくれた。

他にも、スカートを自転車の後輪に巻き込んで転んだ時も、近くをジョギング中のご夫婦が駆け寄って助けてくれた。

結構巻き込んだねえ、引っ張ると少し破れちゃう、可愛いスカートなのに残念ね、私もこの間巻き込んで助けられたのよだとか、それこそ余計なことも沢山話してくれて、それに私は助けられた。

助けてくれた人は、謝ったりお礼を言ったりすると、いいんだ暇つぶしだからとか、ついでだからとか、そんな風に言ってくれた。去り際にじゃあね、気をつけてね、と知り合いのように去る人もいた。

暇つぶしで人を助ける、ついでで人を助ける。気遣ったとてなかなか出ない言葉だろう。すごい。

大きな助けられた話はこんな話だったけれど、ものを拾ってくれたり、道を教えてくれたり、この町はいつもとにかく気兼ねなく優しい。もちろん通り過ぎる人だって沢山いるけれど、その人達が恨めしくはない。人の人生にはその人事情があるだろうから。

ただこうして暮らして3年。だれかに助けられても、それは悪いことじゃないんじゃないか。そう自然に思えるようになった。迷惑をかけずに生きるのはとても難しくて、私ではできないことだもの。その代わりに、私も少しずつその場で思い当たる誰かに返したい。だってこれは、なるべく優しい、ただの暇つぶしだから。

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