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成瀬は天下をどう取った?〜2024年本屋大賞受賞作に寄せて

成瀬の目標は世の中の役に立つこと。
それは本当に天下取りなのか。

2024年の本屋大賞は、宮島未奈さんの「成瀬は天下を取りに行く」(新潮社)に決まったそうだ。これを書いている私は読んでいなかったが、本の名前は聞いていたので話題作であることは知っていた。戦国武将のような大仰なタイトルから想像すると、さぞ破天荒な奇行をくり返すに違いないという先入観は、ものの見事に裏切られる。

主人公の成瀬あかりは、滋賀県大津市生まれの学生。200歳まで生きることが目標という。成瀬は、大きな事をいくつも言い続けることが大切だと考えているそうだから、年齢に大きな意味はないのかもしれない。

成瀬は京都大学を目指すほどの秀才で、人の注目を浴びることになれた性格だ。これほどの才に恵まれていれば、将来は医者や弁護士、社会起業家など具体的な目標をもって突き進んでも不思議はない。しかし、彼女は漠然と人の役に立ちたいと考えているに過ぎないのだ。そんな人物が天下を取るというギャップは、ひねりがきいている。続編とそれに続くこれからの物語で、世の中をよくする目標を見つけて突き進んでいくまでが楽しめそうだ。

この作品の重要テーマは、「西部大津店」。実際に存在し、閉店したときには滋賀県で大きく報道されたようだ。虚像でない地域の話題を取り上げているところにも好感が持てる。有名な第一話では、閉店までの一ヶ月間を西部大津店に捧げている。店の前に立ち続ける物語は単体よりも、一冊を通じて大きな象徴となっていく。

本に収められている短編たちは、成瀬以外の目線によって紡がれ、それぞれ独立した話ではない。話の主人公たちが生活を送る中で、西部大津店をきっかけに成瀬に引き寄せられる構造をしている。成瀬がスーパースターでなくても充分成立する本だ。派手な天下取りの武勇伝は必要ない。周りが自然と引き寄せられてくる感じ。

私の好きな話は、日本最大の漫才イベントM・1を目指す「膳所から来ました」と、競技かるたの全国大会で淡い恋心を感じる「レッツゴーミシガン」。文章のテンポの良さと、青春小説のもどかしさを余すことなく表現していると思う。短編最後のときめき江洲音頭では、これまでの伏線回収だけでなく、成瀬自身の内面を赤裸々に映し出していているのが新鮮で秀逸な構成だ。

成瀬は天下を取りに行く」は物語上に派手な装飾はなく、筋を追うのも難しくない。一気に読破できる本だ。しかし、内容が薄っぺらいことはなくまるで成瀬が実在するかのようにワクワクさせてくれる。続編「成瀬は信じた道を行く」で再び成瀬に会えるのが楽しみ過ぎて、今朝起きてすぐポチった。本屋大賞をきっかけに話題作についていけるか不安をあっさり払拭し、成瀬の目指す世界に導いてくれたこと、これが彼女にしか出来ない天下取りなのであろう。

追記:ほどなく続編も読みました。

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