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覚書_51

「財布を鍋でぐつぐつ煮込んだ話」

この日がいつだったか正確な日は忘れたけれど、ネットで知りあった友達と通話しながらだったことは覚えている。

私は沖縄に住んでいて、年中湿気に包まれて生活している。
カビとの闘いである。

もう5年以上使っているネイビーの革の長財布は友達からのお下がりだった。
そんなある日の午後9時半、勝手の良さげなパスポートケースを無印良品で見つけてしまう。
閉店間際だったのがいけない。悩む時間が30分もない。
私はまんまとそのパスポートケースを購入し、財布として使い始めたのだった。

そうして長年共にしてきた革の財布は部屋の片隅に放置されることになる。

一ヶ月が経っただろうか、財布を手に取ってみるとうっすらとカビが生えている。ティッシュでカビを拭き取ったが、翌々日にはまたふんわりとカビが生えていた。カビはアルコールと熱湯に弱い。しかしアルコールで拭き取ると革が白く変色してしまうことを知っていた私は、熱湯しかないと思い立つ。

熱湯を染み込ませたタオルなどで拭き取るのがいいと今ではわかるのだが、何を思ったのか鍋に湯を煮立たせ、その中に財布を放り込んでしまうのだ。

沸騰したお湯の中に革を入れるとどうなるか。何故想像力が働かなかったのか。自分を責めてももう遅い。

ぐつぐつ煮込まれた財布はちんまりと縮んでしまった。もう取り返しのつかないほどに。

悲しいとき、財布が縮んでしまったとき。

ゲラゲラ笑いながら、縮んだ財布の写真を友達に見せたりしたけれど。
本当に後悔しかない。しばらくは、パスポートケースを財布がわりにするしかないのだ。
好みの財布が見つかるまで。その財布が買えるくらいお金が貯まるまで。

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