見出し画像

漆嗅ぐことから始む雛飾

私の生まれた街は、かつて大きな城下町で、城を造るために集められた職人がそのまま残り、漆工芸品や下駄などの制作を生業にした人が多い街と言われている。
私が生まれた頃もまだ職人さんの家は残り、間口の広い引き戸の玄関から入ると、そのまま板の間があり、そこが今でいう工房で、漆が落ちるためか、その床は黒光りしたでこぼこしてきた。二階に上がる階段は箱階段で、その引き出しも漆塗りだった。入った途端、強い漆の匂いがした。多分、父の友人の家で、何かのついでによく寄った気がする。

今も雛人形を出せば、同じその匂いがする。
誰もが嗅ぐはずなのだが、私にはその子供のころの工房の記憶が一緒に蘇ってくる。

先日、美術館で、漆塗りと蒔絵で描かれた大きな作品を見た。漆塗りにもさまざまな技法があり、蒔絵で描かれた金の線は何より柔らかく美しい。しかし、その作品があるフロアに入った時に嗅ぎ取った漆の匂いが、なんとも懐かしく温かい気持ちにさせてくれた。この感覚が万人のものか、自分だけのものかはよくわからないのだが。

能登半島地震で、輪島塗の存続が難しいという報道が続いている。こうした伝統工芸は一度途絶えたら、復活するのは更に困難になるかもしれない。高価なもので日用には向かないかもしれないが、廃れるのは寂しいことだと、雛人形を出して、匂いを感じて、また思った。
なんとかならないものか。

三月の塗りの匂ひや塗りの街

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?