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小児期逆境体験の衝撃〜子どもの傷つき体験の深刻な影響とその対応〜

先日、児童虐待啓発セミナーにて
ACEs(小児期逆境体験 Adverse Childhood Experiences )の衝撃について講義を受けてまいりました。子どもの傷つき体験の深刻な影響とその対応について記録しています。ぜひとも
明日への教育活動、支援にお役立てください。

●日時

 2020.6.20(Sat)
 13:30-16:30

●会場

 CIVI北梅田研修センター5F Hall

 ※『Zoom』ウェビナー形式に変更

●講師

若林巴子先生(Oakland University 准教授・Michigan  ACE Initiative マスタートレーナー)

杉山登志郎先生(福井大学・子どものこころの研究センター客員教授)

●内容

1.若林巴子先生による講義

(ビデオ)「子ども時代の逆境体験(ACE)と子どものトラウマ」(約80分)

2.杉山登志郎先生による講義

(ビデオ)「ACEの医療TSプロトコールの紹介」

(約80分)

3.杉山登志郎先生と和久田学主席研究員による対談(ライブ配信)

【主催:公益社団法人子どもの発達科学研究所】

●はじめに

ACEs【Adverse Childhood Experiences】
小児期逆境体験研究。

筆者がこの最新の知見を知ったのは昨年1月のことでした。

西宮市子ども未来センターにて児童発達支援関係者向け研修会があり、大阪大学大学院教授の片山泰一先生(連合小児発達学研究科公益社団法人 子どもの発達科学研究所)が登壇されました。

そこで、脳科学的見方を取り入れた子どもたちの理解について、アメリカのACEs(エース)研究の報告が為されたのです。

そして先日、米国ミシガン州においてACEsの啓発活動に取り組まれている若林巴子先生と、安全なトラウマ処理治療を実践されている杉山登志郎先生のオンラインセミナーが叶いました。

3時間の講義では医学的な知見が大半を占めていましたが、その中でも私たちが普段からよく耳にする『トラウマ』と『ストレス』の実態に焦点を当て、皆さまにご報告をさせていただきたいと思います。

●子ども時代の逆境的体験(ACEs)とは

小児期の逆境体験がその子達の養護に暗い影を落としている。では、その暗い影とは一体何なのでしょうか。

〈図1 10個のACEs〉

画 米光智恵『10個のACES』

この10個のACEsのうち、6つ以上の傷つき体験があった人と全くない人とでは平均寿命に20歳も差があることが分かりました。

これは1995-1997においてVincent Felitti医師とRober Anda医師が17000人以上を対象に行った研究です。

〈図2 ACEパーセンテージ〉

画 米光智恵『ACESパーセンテージイラスト』

図2にあるように、どこの家庭にも誰にでも起こりうる問題であるということが分かりました。

叱って無理強いをして育てられ、その体験によって傷ついた子ども達はメンタルヘルスだけではなく、がん、免疫疾患や心臓疾患、HIV発症率、離婚の発症率が高くなり、不安や絶望、社会に対する不満を抱えるようになります。

〈図3 ACEsの出現リスク〉

画 米光智恵『ACESの論理イラスト』

図3のように、AECsの出現リスクが高くなります。油のシミのように広がっています。

ACEsを3枚の図に可視化して提示しました。

ここからはレジリエンス(心のバネ)を築くための要素としてトラウマについての理解を深めていきたいと思います。

●トラウマのタイプ

トラウマとは以下のようなものが挙げられます。

◉家庭内のトラウマ(ACEs)

【子ども達によく見られる反応】
おねしょや睡眠障害、食事の変化などの乳幼児トラウマ。自分のとった行動ばかり考え罪悪感に苛まれる、触られる、話かけられることに過敏になるなどの学齢期トラウマ。 

◉自然災害
◉人為的災害
◉コミュニティ内の犯罪、暴力
◉学校内での犯罪、暴力
◉難民と移民のトラウマ
◉医療経験からくるトラウマ
◉貧困
◉差別(歴史的トラウマと現存トラウマ)

〜歴史的トラウマ、現存トラウマとは〜

第二次世界大戦、ホロコースト生存者のトラウマや奴隷制度から続く差別などの現存トラウマ

(警察による暴力など、差別をする側は意図的ではない場合があると若林先生は仰います。)

画 米光智恵『少年と銃』
画 米光智恵『震災の記憶』

●トラウマと有害ストレス

次にトラウマの根底にあるストレスについて考えてみます。

身体と脳の研究の第一人者であるNadine Burke Harris 先生はACEsの深刻性と脳と身体に与える
有害な影響についてこのように語られています。

『森の中を歩き熊に出会ったとしましょう。
即座に視床下部は下垂体に信号を送ります。
更にそれは副腎に信号を送り、こう伝えます。

「ストレスホルモンを出してください。
アドレナリン!コルチゾル!」

それで心臓は鼓動を早めます。
瞳孔は拡張し、気道は広がります。
そこで熊と闘うか逃げるかの
どちらかの準備ができます。
すごいことですよね!
森の中で熊と出会ったら。
しかし問題なのは、毎晩家で熊と出会ったら
何が起こるかということです。

このシステムは何度も何度も活性化され、
適応して命を救うことから
適応不全になり健康を損なうことに
なってしまいます。子どもは特に、
この繰り返し続くストレスの活性化に敏感です。

それは彼らの脳が正に発達段階にあるからです。
深刻な困難に脅かされると
脳の構造や機能に影響があるだけではなく、
発達中の免疫システムやホルモンシステムにも
影響が及ぼされ、さらにDNAの読み取りや
転写のされ方にまで影響を受けます。』
How childhood  trauma affects health across a lifetime -Nadine Burke Harris

Nadine Burke Harris 先生の
ACEsスピーチ動画はこちらから↓

ストレスを以下の3つに分けて考えます。

①ポジティブストレス(Positive stress)

②耐えられるストレス(Tolerable stress )

③有害ストレス(Toxic stress )

画 米光智恵『ストレスについての論理イラスト』

先程例に挙げた〝森で熊に遭遇した時のようなストレス〟が一時的であれば、それは②の耐えられるストレスかもしれません。

しかし毎日家の中で熊と遭遇するレベルのストレスにさらされ続けると、子ども達はどうなってしまうのでしょうか。

ストレス反応が作動し続けると、ストレスシステムが警戒レベルに達し、学習や新しいことへのチャレンジの妨げになります。

〈図4 ストレス反応システム〉

画 米光智恵「脳についての論理イラスト」

子どもは順応性があります。考え方も思考も大人より柔軟です。

しかしその柔軟さゆえ、良くも悪くも周りの環境に影響を受けやすいのです。

以下の図は誕生時から思春期までの脳のシナプス(接続)の密度です。

〈図5 脳のシナプス〉

画 米光智恵「シナプスについての論理イラスト」

小学校入学時から思春期。この6年間は脳細胞の配線が活発であることが分かります。

思春期からシナプスが減っていくのはクルーニングという作業が行われるからです。

様々な連結。

脳は今までの経験からクルーニングをして、排除していくべきものと保持しておくべきものを取捨選択しています。

子ども達にとって様々な※経験がいかに大切であるかが分かります。

(習い事も※経験のうちですが、お子さんの納得がなければ負担となります。児童厚生員が使う要語にこんな言葉があります。「ふたつはふたん(2つは負担)」。)

画 米光智恵『一歳児さんの日常』
画 米光智恵『教室』
画 米光智恵『ママと粘土』

●トラウマの再現性

子ども達を護りたい。守りたい。
けれども護れない。守れない。
愛したい。けれども愛せない。

親がこのように思ってしまう背景には
トラウマの再現性が関係しています。

ルポライター眞弓準さんの記事にトラウマの再現性について詳しく記述されています。↓

『大阪母子餓死事件』

この記事の後半では、子どもを置き去りにした母親の供述から、医師が精神状態を読み解いています。「離婚」「貧困」「虐待」といった苦痛な現実から自分を守るために、まるで自分のことではないように感じる「離人症性障害」や、「離人症性障害を含む解離状態」子どもを置き去りにするという「トラウマの再現性」について書かれています。↓

子どもは無意識に親のトラウマ歴を自分の中に取り込んでしまいます。

画 米光智恵『表出』

「保護者こそ守っていかなければいけない存在である」という認識が問われています。学校と地域、家庭の連携がいかに大切であるかを皆で考え、行動に起こしていきたいと強く願います。トラウマのトレーニングを受け、そこに気付ける人達を増やしていく。それが逆境を乗り越えながら生きていく知恵であると思っています。

画 米光智恵『教え子の涙』

●トラウマセンシティブ

〜安全を保つためのアラームシステム〜

 次に、学校や園で見られる子ども達のストレス反応について知ってください。

(音に反応して叫ぶ。ののしる。逃避。回避。暴力的になる。無気力になる。感覚がなくなる。混乱する。)

これらの反応が頻繁に見られる子ども達は人から誤解される、集団の中で生きづらくなることが多いのです。 

画 米光智恵『少年A』
画 米光智恵『少年Aの表出』

発達障害というバッチをつけられる。
愛着障害というバッチをつけられる。

診断名を急ぐよりもまず、この子達のトラウマに歩み寄ることが大切です。

これらの反応はみな〝安全を保つためのアラームシステム(トラウマセンシティブ)〟だと理解できるでしょう。〝生命や呼吸を維持するための脳の必死の活動〟であることだと理解できるでしょう。その理解を経て、私たちはACEsのトラウマと闘う子ども達や親を、また自分自身を守っていくことができます。

〈図6 複雑なトラウマの経験〉

画 米光智恵『ストレス反応システムの可視化』

●リスク要因は保護要因

〝Risk factors are not predictive factors because of protective factors〟

「リスク要因は予測要因ではありません。なぜなら保護要因があるからです。」

私たちは逆境という名の〝熊〟に遭遇するリスクを常に持っていますが、同時にこの熊に立ち向か力、この試練を乗り越える知恵を持っています。

自分のための時間、自分を愛でる時間を持ちましょう。そして自分にとっての安心材料を見つけていきましょう。

〈セルフ・ケア〉

①気づき
②バランス
・仕事・自分・家庭・休養・遊び
③友達付き合い

画 米光智恵『リラックス』

最後にストレス反応システムの緩和について

子ども達が「リラックスできる方法」を話し合っている動画を共有致します。

大人だけではなく、子どもも子どものレベルで
ストレスへの対処方法を理解することが大切です。

動画の中で紹介されている手作りのグリッターボトルは、子ども達と『感情の話』をする時に有効なツールです。↓

『Just Breathe』

『Just Breathe』和訳朗読 by Chie

●ご案内

#トラウマインフォームドスクール

#トラウマインフォームドケア

で検索すると各自治体の取り組みがご覧いただけます。

●今すぐにでも出来ること

子ども時代の肯定的な体験
(PCE:Positive Childhood Experiences)
について以下の図をご覧ください。

〈図6 子ども時代の肯定的な体験 PCE〉

記 米光智恵『PCEについて』

医療だけではなく、親として教育者として
出来ることを一緒に探っていきましょう。

「どうしたらトラウマを和らげることができるのかな。」

「これはこの子の将来にどんな影響があるのかな。」

心配な「あの子」「この子」を思い浮かべた時、
取り組むべき支援の形が見えてくるでしょう。
今日この記事に目を留めてくださった方々と
情報を分かち合えたことに感謝致します。
同時に、この分かち合いが目の前の子どもたちにとって、またお親御さんにとっての特効薬となることを信じています。

        大人の図工塾管理人 米光智恵

画 米光智恵『hands-繋-』


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