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毒吐きスイッチ



先日、東京に雪が降って、夕方から朝にかけて降り続き、確か7センチくらいの積雪になった。久しぶりにサクサクという音を聞いて道を歩いたら心が浮き立った。空気がピリッと冷えて、肌がひりつく寒さも気持ちよかった。

「おかーさん、なんで、ここの氷は固いの?」
翌朝、雪の道を歩いて登園する道中、足の踏み入れられていない雪の場所と、踏み固められてガチガチで、気を抜くとするっと滑りそうになるあの道の違いに気づいた娘に尋ねられ、踏み固められたからだよ、

なんて易い答えじゃ娘が満足しないことを知っていたので、頭の中で一生懸命理屈をこねて考えた結果、雪が軽くて降った時には空気がたくさん間に挟まれているけど、硬くなったこの雪は踏まれて空気が押し出されて、ぎゅうっとなったからだよ。

もっと正当な答えがあるだろうな、と思いつつ、たぶん間違いではない答えを捻り出してそう答えた。
「ふーん」娘は、確認のために、…ってこと?って聞いてきて、それも見当違いで、うーんちょっと違うなー、って何回も説明し直して、

理解を得ようとするけれど、くちゃくちゃに折れ曲がり、どんどん娘の理解が違う方向へとっ散らかっていき、修正しながら、正しい論を説明することを繰り返すほど、誤解が誤解を生んで、

固まった雪の解釈は、保育園に着いてそのまま放り出された。ああ、娘の理解は形にならず光に溶かされて、青空に消えた。

そうそう、そんなことがあった、あの雪の日から、あれからもう何日経った?ずいぶん前な気がする。

もう、あの雪の日から、記憶が飛んでいる。いつもは、湧いてくる言葉を書かないと気持ち悪いから、とにかくなんでもいいから、書きたくてうずうずして更新するnoteの、更新なんてする暇があったら眠りたい、と、湧いた言葉を放置した。そう思うくらいに余裕がなかった。

自分が毒を吐きたいと思っていると自覚したのは、それこそ、余裕ができたからだろう。今日の仕事が終わるまでは、todoリストがパンパンで、気が抜けなかったから。脳の思考の余白もない。

わたしの毒吐きスイッチを入れたのは、今日の朝からちょっとした不運続きの我慢ゲージを満タンにした、コンビニの店員だった。

そもそもこのコンビニは、うちの2軒となりにあるから、急なお酒やおつまみや、朝食の調達などに便利で、週一回は通っている100円ローソンだ。夫はのんべえで、在宅ワークのときは、仕事が終わると必ず晩酌のハイボールを買いにいくし、外勤の時もハイボールを買って帰ってくるから、わたしなんかより、もっと中の様子に詳しい。よく会う店員のことは、少し特徴を話すとすぐわかる。

そのコンビニのある店員さんとのやりとり。

わたしが、やっと余裕のない日々を抜け、仕事から帰って、図書館に返し忘れの本を返して、今日までのtodoリストのゴールテープを切って、お布団に倒れこみ、小一時間横になったものの、眠れず、また、もそもそ起きだして娘を迎えにいき、思考停止した頭をなんとか起こして夕飯を作って、あー、もう無理。ビール買ってこよ。

と、いつものそのコンビニに出かけた。

カゴに金麦、350と500の缶と牛乳などを放り込み、レジに並んだ。
前にいた人がレジを済ますと、わたしの番で、レジの店員さんは、わたしのカゴを引き取った。この店員は知っている。よく見る店員さんだ。
少し太っていて、丸いお腹に丸い顔。ぱっちりお目目にメガネをかけている。いつもちょっとせっかちで、少し動作が前のめり。いつもちょっとかかってて、イラッとしてしまう。

わたしは流れを滞らせないよう、いつもなら、バーコード決済ならスマホを片手に持って待ち、現金払いならサイフを持って待っている。

今日はちんたらしていたかもしれない。でもそんなに言うほどじゃない、スマートなほうだ。

お酒を買うと、最近のコンビニのレジでは、年齢確認のために、何やらボタンを押すことを促される作業があるから、それが出るや否やわたしだって素早くボタンを押したし、

ちんたらしたって言っても会計の末尾が9円でつまんで出した小銭が5円玉1枚と1円玉3枚に10円玉1枚を掴んでしまって、その10円玉を1円玉に交換する作業をほんの少しいつもよりゆっくりやっただけ。

コンビニの店員さんは、お金がトレーに並ぶや否やガッとトレーを掴んで寸分の隙を与えることもなく、投入口にトレーをひっくり返して小銭を流し込み、何かのボタンを連打した。

たぶん、1回お金入れて、確認ボタン的なものが出て、それを押さないとレジが計算してくれない仕組みになっているんだろう。そのボタンを、連打した。

「おまえ、その連打、意味ある?」

心の中で思い切り叫んだ。


そして、わたしが思い出したのは、日本国民で知らない人の方が少ないだろう、国民的アイドルの現在活動休止中の嵐の二宮和也くんだ。

彼の所属する嵐と言えば、売れっ子も売れっ子、超売れっ子。ギューギューづめのタイトなスケジュールをこなして、身を粉にして働き、国民に夢と希望、勇気と愛を届けるスーパースターだ。

そんな嵐のリーダー大野くんが、普通の生活がしたいと活動休止の理由を延べ、嵐はその活動を休むことにした。

普通の生活がしたいと願う人がメンバーにいるほど忙しいグループの一員の二宮くんは、忙しすぎて自分がやばいと思った行動がある、と言ったエピソードを思い出した。

「最近、エレベーターの閉まるボタン連打しちゃうんすよ」

この言葉を聞いたとき、彼の束の間も休まることのない仕事での日常を理解した。

この行動に秤をかけてはいけないことは重々承知している。

でも、頼む言わせてくれ。

お前の、その連打、意味ある?

って思ってしまったんだ。

そう、二宮くんならわかる。でもそんなに連打するほど待たせてないし、客並んでないし!!
その連打の意味。

彼は連打しても一向に早くならないそのレジの受け皿に弾き出されたお釣りをまたスチャっと握って、これまたすごいスピードでお釣りをトレーに置いた。

はいはいはいはい。
わたしは嫌悪を顔に出したりはしない。ただ冷静にお釣りをとって、財布にしまい、カゴを持って、その場を去った。

帰り道、夜風にあたりながら、クールな顔を引っ提げたまま、また頭の中で「お前の、連打、意味ある?」と激しくツッコミ、そしてまた夫にも、今度は皮肉たっぷりにエピソードトークを披露したのである。

そして買ったビールをカラにして、布団に倒れ込んだ。目を瞑って、何もしない強硬な嫁から、何にもする気がない意思を感じ取った夫は、黙って娘を風呂に入れ、体に保湿クリームを塗り、シャツとパンツを履かせ、歯を磨かせ、布団によこして、娘に布団をかけて、ついでにわたしにも布団をかけてくれ、おやすみ、と言って自分の部屋に戻って行った。ただの神。神すぎる。ああ神。

育児も家事も放棄して眠り、4時にバッチリ目を覚まして、今を迎えた。
こんな他愛もないエピソード、書いていいのかわかんないけど、まあ書いてみよう。と思って。というか、もうやめられない、止まらない。そうあのお菓子のように。そう降り止まない雪のように。それは文字に起こさないと日常に埋もれていく。

わたしの積もったストレスは、コンビニ店員の彼が導火線となり、花火のように無事夜空に消えたのでした。

いや、罵ってごめん。
むしろありがとうだったね。








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