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[掌編]星を捨てた日

琥珀色のパラフィン紙で幾重にもくるまれた星を買った。

不愛想な店主に軽く挨拶をして店の外に出ると、インバネスに湿った空気がまとわりつく。朝の太陽は雲に隠れ、冷たい霧雨が降っている。不意に肩を叩かれて振り向けば、店主が無言で黒い蝙蝠傘を差し出した。

店主に借りた傘をさすと、春の星座図が描かれていた。明け方の町に人影はなく、私は眠気覚ましの薄荷飴を口に入れ、包み紙の青いセロファンを通りのゴミ箱に捨てた。仕事場への道すがら、先刻買った星を取り出した。

包まれている星はランダムで、開けてみるまでわからない。

何度か購入しているが、めあての青い星だけ当たらない。私は小さくなった飴をごくりと飲み、待ちきれずにパラフィン紙をはがした。やがて外気に触れた星が光り始めるのを見て、今度は舌打ちを飲み込んだ。

それは何度も引き当てた、赤く輝くアンタレスだった。たいしてめずらしい星でもないが、アンタレスばかり集めるコアなコレクターもいるらしい。

しかし私はバラの香りが嫌いだし、燃えるような赤い光は挑発的で落ち着かない。そう、こうして見つめているだけで、いつまでも青い乙女に出会えない不運に怒りが募る……。

静かな通りに破砕音が響く。気がつけば、私は石畳にアンタレスを叩きつけていた。驚いた鴉が飛び立つ音で我に返り、慌てて星屑をかき集めると、パラフィン紙でぐしゃぐしゃに包む。踵を返してゴミ箱まで戻り、それを勢い放り込むと、足早にその場を立ち去った。

なんとも私らしくないことをした。これはきっと、蠍の毒にあてられたのだ。気分が晴れないまま一日の仕事を終え、夜更けの家路を急いでいるときだった。ふと空を見上げると、青いダイヤのようなスピカが空に上っていくのが見えた。

ああ、あれこそ私が欲しかった青い星!私は思わず駆け出して、スピカのある生活を想像した。朝目覚めたら一番に、薄荷の香りを嗅ぐだろう。たまに星の表面をすこし舐め、その冷たさを楽しむだろう。夜には青白い光を眺めながら、穏やかな眠りにつくだろう——。

そうしているうち、青白い星は雲に隠れて見えなくなった。おそらくあれの持ち主は、うっかり手を滑らせてしまったに違いない。私は激しく同情したが、夜空に浮かぶあのスピカこそ、最も美しいのではないかと思い至った。

私は永遠にスピカと出会えないのかもしれない。しかし彼女はいつも空から、私のことを見守っている。遠くで雷の鳴る音が聞こえ、ぬるい雨粒が落ちてきた。傘をさすと、内側に描かれた乙女座が微笑んでいた。

これは『星を拾った日』と対になる掌編です。

『星を拾った日』は創作スタンプラリー企画に参加するために書いたもので、話の中に「空を見上げる」「飲み込む」「ゴミを捨てる」「傘をさす」を順番に入れて創作するという企画でしたが、こちらは逆に「傘をさす」「ゴミを捨てる」「飲み込む」「空を見上げる」という順番で書きました。元の話とあわせてお楽しみ頂けたらうれしいです。