江夏で宋之悌に別れて――李白の詩の詩

江夏こうか宋悌之そうしていに別れて

の国を流れる長江ちょうこうの水は清く透き徹って、
さながらそこには何もないかのようであるが、
この流れは、遥かに遠く、青くて深い海へと通じている。
同様に、人の流れも、千里の遥かな道の先で、
それぞれが広い世界に分れてゆくものであるが、
(この茫漠ぼうばくとした大海原おおうなばらを眺めて
別れを悲しんでばかりいては、
人生の意味と価値とを見逃してしまいかねない。
然れば、)
生きる楽しみは、今、己れが手に持つ、
この一つのさかずきの中にこそ在る。
(まずはこの一盃いっぱいの輝きをよく見つめるのだ。
そうしてこれを飲めば、)
谷間の鳥が、晴れた日の光を浴びて美しく歌い、
川辺の猿が、夕暮れの風に吹かれて無邪気にたわむれる声も
聴こえてくる。(なんとも嬉しいことではないか。)
いつもの僕ならその様にして、日々の楽しみを有難く感じ、
涙を落として悲しむということはないはずなのだけれど、
どういう訳か、君との別れに及んでみては、
(人生の与える辛い運命が
どうしても耐えられぬものに感じられ
僕はこの世の無情の海を前にひれ伏して)
止めどもなく、泣き続けるしかないのだ。


江夏こうかにて宋悌之そうしていに別る

楚水そすい  清きことむなしきがごと
はるかに碧海へきかいつう
人は千里せんりそとわか
きょう一盃いっぱいうち
谷鳥こくちょう  晴日せいじつぎん
江猿こうえん  晩風ばんぷううそぶ
平生へいぜいは涙を落とさざるに
ここに於て泣くこときわまりなし


江夏別宋之悌

楚 水 清 若 空
遙 將 碧 海 通
人 分 千 里 外
興 在 一 杯 中
谷 鳥 吟 晴 日
江 猿 嘯 晚 風
平 生 不 下 淚
於 此 泣 無 窮

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