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東京トイレ探検

 ユウヤいわく「今日は南北線の駅を行けるだけ行く」そうだ。
 親子で駅を周ると言ってもスタンプラリーへ行く訳ではない。ユウヤが駅のトイレの型番調べを始めたのは一週間ほど前だ。
 早朝に家を出て自宅の最寄駅から南北線のターミナル駅である目黒駅に到着。構内のトイレにある便器の会社名と型番を確認、タブレット端末に記録していく。五歳児がインフラ維持の仕事をしているようにも見える光景にはおかしさがあった。
 型番などの製品情報は、小便器なら向かって右の側面、大便器ならフタの裏側に記されていることが多い。ユウヤと一緒に駅を周り始めるまで、気にしたことはなかった。
 トイレを出ようと洗面台の前に差しかかったところで、ユウヤが足を止める。
「こないだトイレの会社のサイトで、洗面台も売ってるの見た」
「それも調べるつもりなの」
「まだ決めてない」



 南北線の下り列車に乗り込む。
「パパ、いつ池袋と新宿に行ってくれるの」
 大きな駅のトイレを周るとなると、半日は持ってかれるのを覚悟しなくてはならないので避けている。渋谷に行った日は、翌日に疲労が残り仕事に少し響いてしまった。
「春休みになったら、かな」
 一駅一駅下車し、白金台・白金高輪・麻生十番・六本木一丁目と順調に記録を完了。溜池山王と永田町は乗り換え線があり、どうしても時間がかかる。
 平日の朝に通勤で乗っている電車に休日も一日中乗っているのは、妙な心地だ。
 幼稚園に居場所を見つけられなかったユウヤと一緒に過ごす時間を増やせるなら、それでいい。



「パパ、これ落とし物かな?」
 永田町駅のトイレで小便器の上の棚に、チェック柄の折りたたみ傘が置いてあった。
「そうだね、駅員さんに教えてあげよう」
 トイレを出たユウヤは、改札口にいる駅員に声をかける。
「届けてくれてありがとう」
 対応した駅員が笑顔をつくる。
 「あれ、もしかして一週間くらい前にも届けてくれた?」
 そういえば半蔵門線の駅のトイレを調査している時にも、ユウヤが落とし物を見つけて駅員に届けていたのを思い出した。こちらに背を向けているため、ユウヤの表情は分からなかった。
 「他のお客さんが助かるから、また見つけたら教えてください」



 四ツ谷で下車し、四谷見附橋のたもとで昼食にありつく。一駅でも多く周りたいので、おにぎりを立ちながら胃に流し込むのが習慣になっている。
 「東京の駅に全部行ったら、その後どうすればいいんだろう」
 「うーん、それは全部行ってから考えればいいよ」
 「そうかぁ」
 急に考え込んでいるような表情を見せる。
 「ねぇ、父さん、やっぱり新宿行きたい! ちょっとだけだから! お願い!」
 丸ノ内線のプラットフォームの入り口に目をやる。確かに四ツ谷から新宿まで丸ノ内線で直通で行ける。
 このタイミングで切り出しているのも計画通りなのだろう。既に抵抗する気力は無くなっていた。



 地上に飛び出している四ツ谷駅の丸ノ内線プラットフォームへ向かう。
 なぜ地下鉄が地上に飛び出しているのか、ユウヤが質問してきた。答えられないので、スマートフォンで調べる。
 なんでも江戸時代の治水工事の影響らしい。説明しているうちに、新宿駅へ到着。西口の地下通路に出た。
 周囲を見回しながら、他の駅より広くて人も多いので、興奮しているのだろう。
 ただ朝から歩き通しでそろそろ限界だ。
 西口地下通路のトイレを調査し終わり、東西自由通路に足を踏み入れようとするユウヤに声をかける。
「父さん、疲れたからちょっと公園で休みたい」
 ユウヤはむくれた表情を見せることもなく、素直についてきた。
 動く歩道を使い、新宿中央公園へ向かう。道すがらには、都庁や40階越えのビルが並んでいる。
 「東京には大きなビルがいっぱいあるよね。今度は大きなビルのトイレの番号も調べてみたい!」
 私にとっては見慣れた光景でも、ユウヤにとっては未知への期待感を醸し出すのだろう。
 高層ビルのトイレなんて、各階に一つはついている。一棟あたりの労力は考えたくなかった。
 東京は広い。
 トイレを巡る探検の終わりは見えそうにない。

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